宮澤やすみの仏像ブツブツ

『シン・ゴジラ』は壮大な獅子舞だった?

獅子舞の話題から、ある”カリスマさん”も巻き込んで、コラムは進みます。

前回、獅子舞の獅子がイノシシだったという話。ちょっとおさらいしましょう。


イノシシが舞う「銀鏡神楽獅子舞」写真提供:三上敏視

この銀鏡(しろみ)神楽では、イノシシの姿をした獅子舞が奉納されます。

暴れまわるイノシシは荒ぶる神そのもの。それをなだめたりいろいろしながら、鎮めていきます。
最後には神職さんがまたがったりして、荒ぶるものを抑えたという意味なんでしょうね。

獅子舞の意味合いにも大きくふたつあるのでしょうか。
ひとつは、福をもたらす善神としての獅子に厄除けしてもらうパターン、
もう一方は、災いをもたらす荒ぶる神を退治して、村に平和が訪れるというパターン。

以上が前回のおさらいです。


このイノシシの獅子舞を見ると、なぜかゴジラを思い出しました。
ゴジラも、作品によって凶悪な害獣として暴れたり、逆に悪の怪獣を倒す正義の怪獣として描かれたりしますもんね。

なかでも、こちらの映像を見て、強く思い出したのが映画『シン・ゴジラ』です。


隠岐島・伊勢命神社例大祭での獅子舞。写真提供:三上敏視

というのは、獅子頭の口の動きが特徴的なんですね。
写真では見えないのですが、下あごが一枚の板のまんまで、バッタンバッタンと、ほぼ180度近く開くんですね。
素朴な造りが味わい深くて、見ごたえがあるのです。

歴史のある無形文化を前に恐縮ですが、ぼくの頭の中は「シン・ゴジラ」の一つのシーンが繰り返されていました。
それは、第四形態のゴジラが東京で初めて火炎を吐く瞬間のシーンです。
あのときも、口が異常に広がってましたからね。
これまでのゴジラには見られない独特の口でした。

獅子舞も、大きな口を開いて魔を飲み込んだり何かの覇気を出したりするようなしぐさも見られます。

荒ぶる神、そして、独特の口の開き方。
もしかして、シン・ゴジラはこうした古い獅子舞を参考にしていたのかな?

と、勝手な想像が広がりますが、ちょうどワタクシ、『シン・ゴジラ』でゴジラの原型制作を担当した竹谷隆之さんと知り合いなので、この件ちょっとメールしてみました。

彼からの答えはこうでした:

”ゴジラ口開きは
たしか監督陣のほうから「口から吐くときにヘビの下顎骨みたいに割れるのはどうか」という案が出て、
じゃあ上半身の複製に口開きバージョンで雛形つくっときますー 、よろしくですうー(中略)”みたいな流れでした

竹谷さんはいつも、その風貌からは想像できない軽~い文面で返信くださるのですが、今回もいつもどおりのノリで即レスをいただけました。
私が勝手に「平成の運慶」と呼んでいる竹谷さん、さすが仕事が早いです。

というわけで、獅子舞との直接的な関係はなかったようです(笑)

いや、アイデアの発端は監督ですから、これ以上は監督に聞かないとわからないですね。いつかチャンスがあれば聞いてみたいです。

しかし、荒ぶる神を完全に殲滅するのでなく「鎮める」というストーリーの映画は、大げさに言うと、日本の信仰観念の根幹に通じるものがあったとも言えまして、多くの日本人の感性に響く映画でしたね。

獅子舞からゴジラに話が飛んでしまいました。

次回はまた仏像の話に戻ります。


シンゴジラが手のひらを上に向けているのは、仏像の持物をもつ手をイメージしたと、スーツアクターをなさった野村萬斎さんがおっしゃっていました

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