仏像ワールド蔵出し特別企画 高村光雲原型 総高40cm 純銀製聖観音像

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厳かでありながら優美、光雲だからこそ到達し得た
仏教芸術の極致!

上野恩賜公園の『西郷隆盛像』、皇居前広場の『楠公像』、東京国立博物館所蔵の重要文化財『老猿』の作家であり、日本彫刻界を代表する巨匠 高村光雲の作品は、明治期の躍動する魂の力強さ、深遠な美の化身ともいうべき優しさを兼ね備えています。この度ご紹介する『聖観音像』は、光雲の最高傑作とされる名品を原型に銀製で造り上げた、家宝にも相応しい逸品です。

純銀製聖観音像 全身像

近代彫刻界の巨星
高村光雲が生涯を捧げた
聖観音像の傑作!

幕末から明治時代にかけて活躍した仏師 高村東雲に師事した光雲は、生涯にわたって観音像を彫り続けました。光雲の聖観音像に共通するのは、たおやかで慈愛に満ちた表情と優美な肢体にあり、楚々とした気高い佇まいに光雲の仏師としての技量がいかんなく発揮されています。光雲の聖観音像の中でも特に人気の高い造型を選び制作した本作品は所定鑑定人である高村家の承認により台座の後部、さらに桐箱にも光雲の落款が捺されています。作品と桐箱、それぞれの落款が揃うことで光雲原型による真正の作品であることの証明となります。制作にあたっては、国指定伝統的工芸品の第一次指定を授かった400年の歴史を誇る高岡銅器伝統の蝋型製法を用い、像の持つ穏やかな表情、優美な肢体、銀製でありながら柔らかさすら感じさせる繊細な天衣に至るまで余すところ無く再現されています。銀製ですので、仏像としては勿論のこと第一級の芸術作品としてもご愛蔵頂ける名品です。

高村光雲 落款 桐箱
高村光雲 落款 台座後部

限定1点限り!
未使用品としては二度と廻り合えない
であろう破格値が実現!!

高村光雲の『聖観音像』は主にブロンズ製のものが様々なサイズで復刻されていますが、銀製で高さ40センチもの大きさともなると、バブル経済華やかななりし頃と違い1990年代後半以降は完全な受注生産でしか製造が叶わず、もはや滅多にお目にかかれないお品となっています。

2016年7月現在の販売価格は135万円(税込1458千円)ですが、この度は約33%引きの特別価格、90万円(税込972千円)にてご提供いたします。こちらの像には高村光雲が使用していた落款を捺印した桐箱が付属します。歴史的傑作を最大サイズで造り上げた銀製の像を、総額100万円以下で購入できるまたとない機会です。是非お見逃しなく!

特別販売期間中、イスム表参道店にて実物をご覧いただけます。

総高40cm 純銀製 聖観音像
高村光雲原型

点数 限定1点限り
発売日 7月30日(土)午前11時より
商品番号 540-055
サイズ 高さ40×幅12.5×奥行12.5cm
重量 約2,433グラム
材質 純銀

通常販売価格 1,350,000円(税別)

7月30日(土)~8月16日(火)までの

期間限定
特別価格
900,000円+税

販売ページへ
聖観音像 斜め左アップ

江戸時代の木彫り技術を近代へと繋ぐ重要な役割を
担った高村光雲。

高村光雲(幼名:光蔵)は1852年3月8日(嘉永5年2月18日)、江戸下谷(現・台東区)に町人・兼松の子として生まれ、1863年(文久3年)、仏師 高村東雲の元に弟子入りしました。後に東雲の姉・エツの養子となり、高村姓を名乗るようになります。明治維新以後は廃仏毀釈運動の影響により仏師としての仕事はなくなり、さらに輸出用の象牙彫刻の流行によって木彫の需要が衰え苦しい生活を送る中、それでも光雲は木彫に専念し、西洋美術も積極的に学び、衰退しかけていた木彫に写実主義を取り入れることで復活させ、江戸時代までの木彫技術の伝統を近代に繋げる重要な役割を果たしたのです。1889年(明治22年)から東京美術学校に勤務、翌年には彫刻科教授、同年10月11日、帝室技芸員に任ぜられます。1893年(明治26年)には『老猿』をシカゴ万博に出品。1900年(明治33年)には『山霊訶護』をパリ万博に出品。1926年(大正15年)に東京美術学校を退職し、名誉教授となります。弟子には山崎朝雲、山本瑞雲、米原雲海、関野聖雲など近代日本彫刻を代表する彫刻家がいました。また、長男 光太郎(こうたろう:本名は「みつたろう」)は日本を代表する画家であり彫刻家であると共に、日本文学史上、近現代を代表する詩人です。三男豊周(とよちか)もまた日本を代表する鋳金家として東京美術学校教授、金沢美術工芸専門学校(現・金沢美術工芸大学)教授、日展運営会参事、日本芸術院会員、日展理事、鋳金家協会会長を歴任、1964年には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。1967年、勲三等旭日中綬章受章と光雲より受け継いだ美の才覚を遺憾なく発揮しています。豊周の子である規(ただし)も写真家として活躍しました。木彫と芸術に生きた証が、弟子や子孫にまで受け継がれたことが、光雲の偉大さを一層巨大なものとしているのです。

高村光雲

高村 光雲 (たかむら こううん)

【略歴】
1852年東京に生まれる
1863年仏師の高村東雲に入門
1874年師に認められて高村光雲を名乗る
1877年第1回内国観業博覧会に「白衣観音像」を出品
龍紋賞受賞
1886年東京彫工会設立
1887年皇居造営に「葡萄に栗鼠」を制作
1890年東京美術学校(現・東京藝大)教授。帝室技芸員拝命
1892年「西郷隆盛銅像」の木型を制作
1893年シカゴ万博に「老猿」を出品、優等賞を受賞(1894)
1897年古社寺保存会委員
1907年美術審査委員会委員
1919年帝国美術院会員
1929年国宝保存会委員
1934年東京で逝去(享年82歳)

聖観音とは・・・

聖観音(しょうかんのん)の梵名はアーリア・アヴァローキテーシュヴァラ (आर्यावलोकितेश्वर [aarya avalokitezvara])、六観音の一尊となります。仏教における信仰対象である菩薩の一尊であり正観音とも呼ばれます。観音菩薩(観世音菩薩、観自在菩薩)には様々な形態のものがありますが、多面多臂などの超人間的な姿ではない一面二臂の人間的な姿形の像が聖観音とされます。大慈の観音として、六観音の役割では地獄道を化益します。もともとは正法明如来(しょうほうみょうにょらい)という仏であったが、衆生の救済のため人間界に近い菩薩の身となったとされます。

ご真言は「オン アロリキャ ソワカ」です。

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高村光雲銀製聖観音 特別販売

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