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出雲仏像の5 -古代の国際港・美保関のヒミツ-

出雲大社から東へ、美保関の旅は続きます。

一見すると、のどかな漁村に見えますが、そこにある美保神社は出雲大社に並ぶ壮大な社殿。
『出雲国風土記』にも登場する古社で、それだけこの地が重要な場所だったことが偲ばれます。
国家レベルの重要拠点だからこそ、都の当時最新の様式を伝える仏像が置かれたわけです(前記事参照)。


美保神社。まず立派な拝殿に圧倒

地図をみると、この地の重要性が見えてきます。
Googleマップで、美保関周辺の地図をごらんください。
(埋め込んでみたけど、うまく見えますか?)



ご覧のとおり、美保関は横に張り出した岬の突端にあたり、よそからやってきた船がまず立ち寄るのが美保関。
出港するにもここで「風待ち」をして出発します(昔は帆船なので)。

朝鮮半島など外国船の玄関口にもなっていて、ここで関税をかけた。美保関は出雲国の税関窓口だったのです。

出雲へは岬に沿って西へ、境港のせま~い水道を通らないといけない。その先の中海から左へ宍道湖に入ると、(前記事で紹介した)大寺薬師を経て出雲の中心に達します。

歴史の陰に地形あり。地の利を生かして、外洋との接点として機能した美保関は、今でいうと国際空港のようなもの。
北前船など国内貿易のみならず、朝鮮半島との交易の一大拠点でもありました。
(ちなみに後醍醐天皇が隠岐へ流されるときもここから出港しています)


かつての風情が残る青石畳通り

古代にさかのぼると、ここはなんといっても「国譲り」の舞台。

大国主命(オオクニヌシ)が、子である事代主神(コトシロヌシ)に国譲りの相談をしたところとされます。

この二神が天照大神(アマテラス)ひきいる「天津神(あまつかみ)」勢力と交渉をしたわけで、ここでも美保関は、外来勢力との交渉の場であったのですね。
その後、大国主命は出雲大社に鎮まり、美保神社には、奥様の美穂津姫命(ミホツヒメ)と子である事代主神が祀られます。
お父さんだけ、西の果てに単身赴任です(笑)。


「比翼大社造」の本殿。画面手前が事代主神、奥が美穂津姫命。屋根の上の千木の形が異なる

このエピソードから、「出雲大社に行ったら美保神社にも両参り」と言われるようになりました。

音楽の神でもある美保神社、こんどは演奏奉納で訪れたい場所です。
(美保関関係者さま、ぜひ呼んでください!)

おまけの40秒動画を3つ挙げておきます。
ちょっとだけ、参拝した気分になれるかもですよ。







次回は、出雲松江の旅番外編です!