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第409回 古墳時代の銅鏡に仏像「三角縁仏獣鏡」-前編
”古墳時代と仏像の時代は分断しているのでなく、とてもゆるやかに変化していったことがわかります--”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。ワタクシの一門演奏会「小唄 in 神楽坂」のリハーサルを終えた宮澤やすみです。
そんな中、前回は「はにわ」の話でしたが、時代は仏像へ移ります。
とある昼下がり、東京国立博物館の常設展(考古展示室)をなにげなく見ていたら、自分なりにすごいものを発見してしまいました。
それは…、
三角縁仏獣鏡
さんかくぶちぶつじゅうきょう
いや、「三角縁神獣鏡」ではなく、「ブツ」獣鏡なんです。三角縁仏獣鏡。
古墳や古代史界隈でよく知られた三角縁神獣鏡の一種で、中国の神仙の代わりに仏像があしらわれているもの。
専門家の間ではよく知られていたそうですが、わたくし知りませんでした。
そしてこのたびは、国内に数枚ある三角縁仏獣鏡のうち、宮内庁書陵部所蔵の《三角縁三仏三獣鏡》の画像掲載を書陵部から許可いただきました。
ごらんください!
《三角縁三仏三獣鏡》奈良県 大塚陵墓参考地 出土 古墳時代 宮内庁書陵部所蔵。『書陵部所蔵資料目録・画像公開システム』より引用
先日の「はにわ」展でも、ほとんどが撮影OK だった中、宮内庁所蔵品は撮影厳禁。
美術展取材では、現代美術と宮内庁関連の撮影はきびしい規制があるんですよね。
しかし、今回は大変ありがたいことに特別に許可をいただきました。
さらに、宮内庁の画像公開システムで、鮮明な拡大画像がみられます(注1)。
これはすばらしいものを見つけた、と喜び勇んでいたら、Wikipediaに画像が載ってたんですけどね…、これだいじょうぶなんですかね。
PCでの閲覧画面を撮影したものはOKとのことなので、本コラムでは筆者撮影の写真でご紹介しましょう。
さてこの鏡をよく見ると、龍などの動物と、仏の姿が交互にあしらわれています。
仏の姿は三体。どれも少しずつ姿が異なります。
なかでもひとつには、頭の後ろに円光背があるので、これによって神像でなく仏像であることがはっきりするのだそうです。
頭頂部は盛り上がっていて如来のよう。ただし阿弥陀や釈迦などの分類はわかりません。
頭の後ろに円光背が見える。『書陵部所蔵資料目録・画像公開システム』閲覧画面より
ほかの像は、頭頂部が3つ盛り上がっていて、これは冠なのかと思ったのですが、論文(注2)によると「三珠髻」とのことで、髪をまるく結んだかたちのようです。
つまり、菩薩形ですね。
おもしろいのは、そこから長髪が肩先へ伸びて、びゅーんと跳ね上がっているデザイン(この下に画像あり)。
基本的に、菩薩は長髪が特徴のひとつですから、この鏡にあしらわれた菩薩にもちゃんと長髪の表現がされているのでした。
この三角縁仏獣鏡が発掘されたのは、奈良の新山古墳(奈良県北葛城郡広陵町)。4世紀前半の前方後方墳とされます。
この鏡自体の制作時期は、諸説いろいろあるものの、古墳と同じかそれ以前のものであるようです。
新山古墳は、宮内庁により「大塚陵墓参考地」(被葬候補者:第25代武烈天皇)として陵墓参考地に治定されている
一般的に、三角縁"神"獣鏡は、古墳時代前期3~4世紀の古墳に多く見つかり、当時の中国からもたらされたり、日本でマネをして造られたりしました。
今回の三角縁仏獣鏡も同じようなころに中国からもたらされたものでしょう(日本にまだ仏像は伝来していないので中国で造られたと推測)。
インドから中国への仏教伝来は1~2世紀、後漢時代とされますから、そこから100年後にはもう(カタチだけでも)日本に来ていたことになります。
これは、私たちが学校で習った「仏教公伝」(6世紀半ば)よりも200~300年さかのぼる話。そんなに古くから、日本に仏教的なものが、まだ広まるには至らなかったものの、伝わってはいたんですね。
古墳時代と仏像の時代は分断しているのでなく、500年くらいかけてとてもゆるやかに変化していったことがわかります。
首から左右に二本ずつ長髪が伸びる。『書陵部所蔵資料目録・画像公開システム』閲覧画面より
さて、この跳ね上がった長髪表現はちょっと滑稽に見えますが、一生懸命菩薩らしい表現をしたんでしょうか。
勝手なイメージですが、
「菩薩と言えば長髪!」
「どうしても長髪を表現しなきゃ!」
という、約1900年前の作者のひたむきな意図を感じます。あくまでも個人の勝手なイメージですみません。
この連載では先日、紀元1世紀ごろのガンダーラの菩薩像を紹介しましたが、もちろん長髪。それがお手本になり、中国でも踏襲されているわけですね。それを思うと、悠久の時の流れの中での人々の交流、そして遠い国から文物が伝わるようすに歴史ロマンを感じてしまいます。
さらに付け加えるなら、服制にも注目しましょう。
この鏡の仏像たちの服の表現を見ると、円弧をいくつも重ねた衣文の表現が見えて、両肩にまであしらわれています。
これは、仏像ファンならどうしても、清凉寺の釈迦如来を思わずにいられませんね。
釈迦如来の本来の姿を表したされる「清凉寺式釈迦如来」は、こうした古い仏像表現を踏襲していたことがわかります。
それにしても、三角縁仏獣鏡は、考古分野の専門家の間ではよく知られていたことらしいのですが、もうちょっと一般のファンにうまくアピールしてくれていたらなーなんて、思ったり思わなかったり。
ともかく、古い時代の仏像、がぜん興味が湧いてきました。
この話、次週もつづきます。
それでは聴いてください。
宮澤やすみ で「馬子と石舞台」。
(注1)三角縁三仏三獣鏡
書陵部所蔵資料目録・画像公開システム
https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Ryobo/Detail/7001000050000
(注2)参考論文
雨宮 健祥「新例が示す三角縁仏獣鏡の新たな意義」東京大学リポジトリ
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/2007602/files/kouko3603.pdf
■あわせて読む(関連記事)
ガンダーラ仏 菩薩の見分け方を知る -平山郁夫シルクロード美術館-
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240521-2/
生き生きと古墳の時代が見えてくる―特別展「はにわ」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20241022-2/
夏休みは博物館で 考古展示室のかわいいハニワたち
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230725-2/
観音か、埴輪か…多摩川観音塚古墳のナゾ
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20201117-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
宮澤やすみ一門「小唄 in 神楽坂」
初めての人向けにわかりやすく、元芸者の舞踊も華やかに。
くつろぎ和のライブです。
https://www.sfm-shinjuku.jp/kouta2024/
(写真:src="2023-10-29-myasumi-193-kouta2023-500.jpg" )
くつろぎの和のライブです。気軽にどうぞ
そのほか今後の出演情報まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
2.
仏像や古代史を歌ったザ・ブッツの新作アルバム『時の水辺』。
ご購入いただけると活動存続の助けになります。応援よろしくお願いいたします。
プレーヤー不要。スマホですぐ聴けるQRコード付きブックレットです(CDも付いてます)。
詳細のご紹介は
↓↓↓
http://yasumimiyazawa.com/buttz/tokinomizube.html
雅楽の笙や篳篥も入った独特のサウンドで、「聴いたことないけど、どこか懐かしい」大人むけのロックです
収録曲:
1.Fantastic Dystopia
2.一木造
3.Shami on The Water
4.川のほとりで
5.Benzai-Tennyo
6.Black Etenraku
7.北斗星
8.いけるとこまで
ほか、付録CDにボーナストラック
宮澤やすみ公式サイト:http://yasumimiyazawa.com
宮澤やすみツイッター:https://twitter.com/yasumi_m
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。ワタクシの一門演奏会「小唄 in 神楽坂」のリハーサルを終えた宮澤やすみです。
そんな中、前回は「はにわ」の話でしたが、時代は仏像へ移ります。
とある昼下がり、東京国立博物館の常設展(考古展示室)をなにげなく見ていたら、自分なりにすごいものを発見してしまいました。
それは…、
三角縁仏獣鏡
さんかくぶちぶつじゅうきょう
いや、「三角縁神獣鏡」ではなく、「ブツ」獣鏡なんです。三角縁仏獣鏡。
古墳や古代史界隈でよく知られた三角縁神獣鏡の一種で、中国の神仙の代わりに仏像があしらわれているもの。
専門家の間ではよく知られていたそうですが、わたくし知りませんでした。
そしてこのたびは、国内に数枚ある三角縁仏獣鏡のうち、宮内庁書陵部所蔵の《三角縁三仏三獣鏡》の画像掲載を書陵部から許可いただきました。
ごらんください!
《三角縁三仏三獣鏡》奈良県 大塚陵墓参考地 出土 古墳時代 宮内庁書陵部所蔵。『書陵部所蔵資料目録・画像公開システム』より引用
先日の「はにわ」展でも、ほとんどが撮影OK だった中、宮内庁所蔵品は撮影厳禁。
美術展取材では、現代美術と宮内庁関連の撮影はきびしい規制があるんですよね。
しかし、今回は大変ありがたいことに特別に許可をいただきました。
さらに、宮内庁の画像公開システムで、鮮明な拡大画像がみられます(注1)。
これはすばらしいものを見つけた、と喜び勇んでいたら、Wikipediaに画像が載ってたんですけどね…、これだいじょうぶなんですかね。
PCでの閲覧画面を撮影したものはOKとのことなので、本コラムでは筆者撮影の写真でご紹介しましょう。
さてこの鏡をよく見ると、龍などの動物と、仏の姿が交互にあしらわれています。
仏の姿は三体。どれも少しずつ姿が異なります。
なかでもひとつには、頭の後ろに円光背があるので、これによって神像でなく仏像であることがはっきりするのだそうです。
頭頂部は盛り上がっていて如来のよう。ただし阿弥陀や釈迦などの分類はわかりません。
頭の後ろに円光背が見える。『書陵部所蔵資料目録・画像公開システム』閲覧画面より
ほかの像は、頭頂部が3つ盛り上がっていて、これは冠なのかと思ったのですが、論文(注2)によると「三珠髻」とのことで、髪をまるく結んだかたちのようです。
つまり、菩薩形ですね。
おもしろいのは、そこから長髪が肩先へ伸びて、びゅーんと跳ね上がっているデザイン(この下に画像あり)。
基本的に、菩薩は長髪が特徴のひとつですから、この鏡にあしらわれた菩薩にもちゃんと長髪の表現がされているのでした。
この三角縁仏獣鏡が発掘されたのは、奈良の新山古墳(奈良県北葛城郡広陵町)。4世紀前半の前方後方墳とされます。
この鏡自体の制作時期は、諸説いろいろあるものの、古墳と同じかそれ以前のものであるようです。
新山古墳は、宮内庁により「大塚陵墓参考地」(被葬候補者:第25代武烈天皇)として陵墓参考地に治定されている
一般的に、三角縁"神"獣鏡は、古墳時代前期3~4世紀の古墳に多く見つかり、当時の中国からもたらされたり、日本でマネをして造られたりしました。
今回の三角縁仏獣鏡も同じようなころに中国からもたらされたものでしょう(日本にまだ仏像は伝来していないので中国で造られたと推測)。
インドから中国への仏教伝来は1~2世紀、後漢時代とされますから、そこから100年後にはもう(カタチだけでも)日本に来ていたことになります。
これは、私たちが学校で習った「仏教公伝」(6世紀半ば)よりも200~300年さかのぼる話。そんなに古くから、日本に仏教的なものが、まだ広まるには至らなかったものの、伝わってはいたんですね。
古墳時代と仏像の時代は分断しているのでなく、500年くらいかけてとてもゆるやかに変化していったことがわかります。
首から左右に二本ずつ長髪が伸びる。『書陵部所蔵資料目録・画像公開システム』閲覧画面より
さて、この跳ね上がった長髪表現はちょっと滑稽に見えますが、一生懸命菩薩らしい表現をしたんでしょうか。
勝手なイメージですが、
「菩薩と言えば長髪!」
「どうしても長髪を表現しなきゃ!」
という、約1900年前の作者のひたむきな意図を感じます。あくまでも個人の勝手なイメージですみません。
この連載では先日、紀元1世紀ごろのガンダーラの菩薩像を紹介しましたが、もちろん長髪。それがお手本になり、中国でも踏襲されているわけですね。それを思うと、悠久の時の流れの中での人々の交流、そして遠い国から文物が伝わるようすに歴史ロマンを感じてしまいます。
さらに付け加えるなら、服制にも注目しましょう。
この鏡の仏像たちの服の表現を見ると、円弧をいくつも重ねた衣文の表現が見えて、両肩にまであしらわれています。
これは、仏像ファンならどうしても、清凉寺の釈迦如来を思わずにいられませんね。
釈迦如来の本来の姿を表したされる「清凉寺式釈迦如来」は、こうした古い仏像表現を踏襲していたことがわかります。
それにしても、三角縁仏獣鏡は、考古分野の専門家の間ではよく知られていたことらしいのですが、もうちょっと一般のファンにうまくアピールしてくれていたらなーなんて、思ったり思わなかったり。
ともかく、古い時代の仏像、がぜん興味が湧いてきました。
この話、次週もつづきます。
それでは聴いてください。
宮澤やすみ で「馬子と石舞台」。
(注1)三角縁三仏三獣鏡
書陵部所蔵資料目録・画像公開システム
https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Ryobo/Detail/7001000050000
(注2)参考論文
雨宮 健祥「新例が示す三角縁仏獣鏡の新たな意義」東京大学リポジトリ
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/2007602/files/kouko3603.pdf
■あわせて読む(関連記事)
ガンダーラ仏 菩薩の見分け方を知る -平山郁夫シルクロード美術館-
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240521-2/
生き生きと古墳の時代が見えてくる―特別展「はにわ」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20241022-2/
夏休みは博物館で 考古展示室のかわいいハニワたち
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230725-2/
観音か、埴輪か…多摩川観音塚古墳のナゾ
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20201117-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
宮澤やすみ一門「小唄 in 神楽坂」
初めての人向けにわかりやすく、元芸者の舞踊も華やかに。
くつろぎ和のライブです。
https://www.sfm-shinjuku.jp/kouta2024/
(写真:src="2023-10-29-myasumi-193-kouta2023-500.jpg" )
くつろぎの和のライブです。気軽にどうぞ
そのほか今後の出演情報まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
2.
仏像や古代史を歌ったザ・ブッツの新作アルバム『時の水辺』。
ご購入いただけると活動存続の助けになります。応援よろしくお願いいたします。
プレーヤー不要。スマホですぐ聴けるQRコード付きブックレットです(CDも付いてます)。
詳細のご紹介は
↓↓↓
http://yasumimiyazawa.com/buttz/tokinomizube.html
雅楽の笙や篳篥も入った独特のサウンドで、「聴いたことないけど、どこか懐かしい」大人むけのロックです
収録曲:
1.Fantastic Dystopia
2.一木造
3.Shami on The Water
4.川のほとりで
5.Benzai-Tennyo
6.Black Etenraku
7.北斗星
8.いけるとこまで
ほか、付録CDにボーナストラック
宮澤やすみ公式サイト:http://yasumimiyazawa.com
宮澤やすみツイッター:https://twitter.com/yasumi_m