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第437回 なぜ童子?「酒呑童子」と不動明王の関係―「酒呑童子ビギンズ」展より―
”仏像ファンの目線からすると、「童子形」の仏像はいくつかありますよね--”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。「第五回カツベン映画祭」の出演を終えてぐったりしている宮澤やすみです。でもすぐ別の活弁出演を控えているので気は抜けません。
そんな中、先日はサントリー美術館「酒呑童子ビギンズ」を取材してきました。
写真は、報道内覧会で許可を得て撮影したものです。
サントリー美術館というと、以前は非常に格調高い展示構成という印象がありましたが、近ごろは「ざわつく日本美術」などを筆頭にポップな見せ方&ファミリー路線にシフトしているように思えます(展示品の格調高さはそのまま)。担当さんが変わったのでしょうか。
今回も非常に楽しめました。

展示風景より。エントランスから物語の序章がはじまる
展示メインの「酒呑童子絵巻」は、幾多の酒呑童子モノの原点ともいえるもの。サントリー美術館所蔵品のなかでも屈指のお宝です。
解体修理を終えたばかりとはいえ、室町時代の絵巻物がこんなにきれいな発色で、現在に受け継がれていることが驚きです。

展示風景より。まずは登場人物の紹介。酒呑童子討伐隊のリーダーは源頼光(みなもとのよりみつ)
展示構成は、その類い稀な美しさや貴重さを誇示するのでなく、酒呑童子のストーリーをしっかり楽しめるものになっていたのが好印象でした。

展示風景より。場面ごとにわかりやすくストーリーが解説されていて、物語に引き込まれる
物語を読みながら、紙芝居をみるような思いで順路を進むと、酒呑童子側と征伐隊の駆け引きや、一筋縄でいかない戦いの様子にハラハラドキドキします。

酒呑童子のクライマックス。正体を現した童子の首を源頼光切り落とすもその首が頼光の兜に喰らいつく。重要文化財 酒伝童子絵巻(部分) 狩野元信 三巻のうち下巻 大永2年(1522)サントリー美術館
そして、展示後半では酒呑童子の「エピソード・ゼロ」ともいえる、生い立ちの物語が展開(成立したのはこのほうが後なのですが)。スサノヲによるヤマタノオロチ征伐から始まり、龍神と人の間に生まれた能力者(童子)に手を焼いた人間のエゴにより、酒に溺れてダークサイドに落ちる話に引き込まれます。

現代のマンガも凌駕する筆致で酒呑童子の哀しい出生の秘密が語られる。酒呑童子絵巻(部分) 住吉廣行 六巻のうち第一巻 天明6~7年(1786~87)頃 ライプツィヒ・グラッシー民族博物館
つまり、美術的な美しさのみならず、酒呑童子という哀しき鬼神をとりまく壮大な物語世界に没入できる展示でした。

非戦闘モードの酒呑童子と源頼光らが互いを見定めようと宴会をするシーン。童子が差し出した酒食は、人の生き血と人肉だ。重要文化財 酒伝童子絵巻(部分) 狩野元信 三巻のうち中巻 大永2年(1522)サントリー美術館
さて、酒呑童子といえば、誰もが思う疑問点があると思います。
鬼なのに、なぜ童子なの?
ということ。
絵巻の前半は、鬼に変身する前の姿もありますが、それは背の高いおじさんの姿(40歳くらいとのこと)。決して子供ではありません。
なのに「童子」と呼ばれるのはいかに?
調べてみると、やはり諸説あるようなのですが、かいつまんで言うと
(当時の)一般的な成人男性とは異なる姿をした者
ということらしいです。
当時の成人男性は、必ず烏帽子を被っていました。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、公家への罰として烏帽子を取って髷を切るといった罰のシーンがありましたが、これが死罪に匹敵するような厳罰だったようで、それだけ重要なものだったのです。
その烏帽子もなく、髷も結わず、おかっぱ頭でいるのはただ者ではない、なんだったら人間ではない、そうしたものを「童子」と言ったそうで、子供かどうかは関係ないみたいです。
いっぽう子供(稚児)のほうは、成人するまでは人と神の間の存在とされ、お祭りでは神聖な役目を負いましたから、そういう意味で「童子」なわけです。
さて、仏像ファンの目線からすると、「童子形(どうじぎょう)」の仏像はいくつかありますよね。
代表的な存在が「不動明王」です。
あのお方も、儀軌(仏像制作の仕様書みたいなもの)によると、「童子形」とあります。
あの不動明王も、大きくて強そうなおじさんに見えるけど、あれこそ童子形なんですね。人智を超えた存在であるということ。
そういう解釈を踏まえたうえで「酒呑童子」をみると、たしかに納得するものがあるのでした。

エントランスの大きなポスターは絶好の写真スポット。顔ハメもありました。右はこの連載でたびたび登場、久保沙里菜さん(仏像好きフリーアナウンサー)
それでは聴いてください。
ザ・ブッツで「Black Etenraku」
(アルバム『時の水辺』より)。
酒呑童子ビギンズ
サントリー美術館
2025年4月29日(火・祝)~6月15日(日)
詳細
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2025_2/
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--おしらせ---
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『廓の夜』 宮澤やすみ(唄、三味線、解説)
https://yasumimiyazawa.com/kuruwanoyorubook.html
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https://yasumimiyazawa.com/live.html
宮澤やすみ公式サイト:https://yasumimiyazawa.com
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。「第五回カツベン映画祭」の出演を終えてぐったりしている宮澤やすみです。でもすぐ別の活弁出演を控えているので気は抜けません。
そんな中、先日はサントリー美術館「酒呑童子ビギンズ」を取材してきました。
写真は、報道内覧会で許可を得て撮影したものです。
サントリー美術館というと、以前は非常に格調高い展示構成という印象がありましたが、近ごろは「ざわつく日本美術」などを筆頭にポップな見せ方&ファミリー路線にシフトしているように思えます(展示品の格調高さはそのまま)。担当さんが変わったのでしょうか。
今回も非常に楽しめました。

展示風景より。エントランスから物語の序章がはじまる
展示メインの「酒呑童子絵巻」は、幾多の酒呑童子モノの原点ともいえるもの。サントリー美術館所蔵品のなかでも屈指のお宝です。
解体修理を終えたばかりとはいえ、室町時代の絵巻物がこんなにきれいな発色で、現在に受け継がれていることが驚きです。

展示風景より。まずは登場人物の紹介。酒呑童子討伐隊のリーダーは源頼光(みなもとのよりみつ)
展示構成は、その類い稀な美しさや貴重さを誇示するのでなく、酒呑童子のストーリーをしっかり楽しめるものになっていたのが好印象でした。

展示風景より。場面ごとにわかりやすくストーリーが解説されていて、物語に引き込まれる
物語を読みながら、紙芝居をみるような思いで順路を進むと、酒呑童子側と征伐隊の駆け引きや、一筋縄でいかない戦いの様子にハラハラドキドキします。

酒呑童子のクライマックス。正体を現した童子の首を源頼光切り落とすもその首が頼光の兜に喰らいつく。重要文化財 酒伝童子絵巻(部分) 狩野元信 三巻のうち下巻 大永2年(1522)サントリー美術館
そして、展示後半では酒呑童子の「エピソード・ゼロ」ともいえる、生い立ちの物語が展開(成立したのはこのほうが後なのですが)。スサノヲによるヤマタノオロチ征伐から始まり、龍神と人の間に生まれた能力者(童子)に手を焼いた人間のエゴにより、酒に溺れてダークサイドに落ちる話に引き込まれます。

現代のマンガも凌駕する筆致で酒呑童子の哀しい出生の秘密が語られる。酒呑童子絵巻(部分) 住吉廣行 六巻のうち第一巻 天明6~7年(1786~87)頃 ライプツィヒ・グラッシー民族博物館
つまり、美術的な美しさのみならず、酒呑童子という哀しき鬼神をとりまく壮大な物語世界に没入できる展示でした。

非戦闘モードの酒呑童子と源頼光らが互いを見定めようと宴会をするシーン。童子が差し出した酒食は、人の生き血と人肉だ。重要文化財 酒伝童子絵巻(部分) 狩野元信 三巻のうち中巻 大永2年(1522)サントリー美術館
さて、酒呑童子といえば、誰もが思う疑問点があると思います。
鬼なのに、なぜ童子なの?
ということ。
絵巻の前半は、鬼に変身する前の姿もありますが、それは背の高いおじさんの姿(40歳くらいとのこと)。決して子供ではありません。
なのに「童子」と呼ばれるのはいかに?
調べてみると、やはり諸説あるようなのですが、かいつまんで言うと
(当時の)一般的な成人男性とは異なる姿をした者
ということらしいです。
当時の成人男性は、必ず烏帽子を被っていました。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、公家への罰として烏帽子を取って髷を切るといった罰のシーンがありましたが、これが死罪に匹敵するような厳罰だったようで、それだけ重要なものだったのです。
その烏帽子もなく、髷も結わず、おかっぱ頭でいるのはただ者ではない、なんだったら人間ではない、そうしたものを「童子」と言ったそうで、子供かどうかは関係ないみたいです。
いっぽう子供(稚児)のほうは、成人するまでは人と神の間の存在とされ、お祭りでは神聖な役目を負いましたから、そういう意味で「童子」なわけです。
さて、仏像ファンの目線からすると、「童子形(どうじぎょう)」の仏像はいくつかありますよね。
代表的な存在が「不動明王」です。
あのお方も、儀軌(仏像制作の仕様書みたいなもの)によると、「童子形」とあります。
あの不動明王も、大きくて強そうなおじさんに見えるけど、あれこそ童子形なんですね。人智を超えた存在であるということ。
そういう解釈を踏まえたうえで「酒呑童子」をみると、たしかに納得するものがあるのでした。

エントランスの大きなポスターは絶好の写真スポット。顔ハメもありました。右はこの連載でたびたび登場、久保沙里菜さん(仏像好きフリーアナウンサー)
それでは聴いてください。
ザ・ブッツで「Black Etenraku」
(アルバム『時の水辺』より)。
酒呑童子ビギンズ
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2025年4月29日(火・祝)~6月15日(日)
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宮澤やすみ公式サイト:https://yasumimiyazawa.com