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第444回 新潟 弥彦神社 参道が曲がっている理由と弥彦山の「御神廟」

”古代ゆかりの聖山信仰の神社なのか・・・と思いきや--”

音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。

こんにちは。早稲田大学エクステンションセンターでの社会人向け講座、夏期のカリキュラムを終えた宮澤やすみです。

そこでどんな話をしているかというと、奈良時代に始まる神仏習合と明治の神仏分離の話。
今回は各地の主要な神社での神仏混淆、廃仏のいきさつを紹介しました。

講座では、新潟の弥彦神社の話もしましたが、この連載でも廃仏を免れた仏像について紹介しています(下記関連記事)。

越後の弥彦村の対岸にある佐渡島は、明治のはじめに神仏分離を強く推し進めた地域として知られます。
弥彦村もその動きに近かったのか、弥彦神社境内の神宮寺は廃絶、仏像も破壊されそうになるところを、なんとか救われました(下記関連記事)。


廃仏を免れた仏像については、関連記事をご参照

今も新潟県民に愛される弥彦神社は、左右対称に翼を広げたような社殿が美しく、その背後に弥彦山がそびえる風景が特徴。
威厳ある美しさがとても絵になる構図になっていまして、とくに雪が積もった境内のようすはポスターとかで見たことがあるかもしれません。


美しい社殿と背後にそびえる弥彦山

この弥彦山の頂上に「御神廟」といわれる、お寺でいう奥の院みたいな社があります。そこに弥彦神社の御祭神が眠るとされています。
私も行ってきました。

ロープウェーで山頂へ行くと目の前は展望アトラクションがあったりレジャーランド的な風景。
しかし、そこからしばらく歩いて(アップダウンがあって思ったより大変)いくと「御神廟」にたどり着きました。

日本海を望む高台に、鳥居がありその中はうっそうとした木立。近づくと石の祠がふたつあるのがわかります。
祭神である「天香山命(あめのかごやまのみこと)」とお妃の「熟穂屋姫命」(うましほやひめのみこと)が鎮まっています。


弥彦山山頂にある、弥彦神社「御神廟」

この神は、ざっくりいうと神武天皇の東征を助けてヤマト建国をサポートした神で、太古の神と人間の間をとりもつ存在といえるでしょうか。
その後、越(こし)の国の平定と開拓を進めてこの地に鎮座したとされます。


画面奥(西)に日本海と佐渡島が広がる。御神廟は南に向いている

ただ、弥彦神社の歴史をみると、土地の名前から「伊夜日子神(いやひこ)」と古くから呼ばれていて、現在の弥彦神社のお札も「伊夜日子」と書かれます。

現在では「天香山命または伊夜日子ともいう」とされますが、
明治の神仏政策のときに全国的に祭神の名前(神号)が改められましたから、それが関係しているのかもしれないですね。

なにしろともかく、大和王権とつながりが深い神を祀る弥彦神社です。


そんな神様を祀る聖山・弥彦山を、山に登らずとも麓の社殿から拝むことができる、古代ゆかりの聖山信仰の神社なのか・・・と思いきや、そうともいい切れないのが弥彦神社の興味深いところ。


早稲田大学講座資料より。弥彦神社と弥彦山、御神廟の位置関係はこんな感じ

社殿と山の位置関係を確認すると、写真の社殿の背後は、ロープウェイが上り下りする軸索が走っていて、肝心の御神廟は画面に収まりきれないずっと左に位置します。
絵としてのおさまりだけ見れば、写真の位置取りがベストだと思いますけど、この微妙な位置関係はどういうことでしょうか?


歴史をひもとくと、この社殿は大正年間のものだそうで、それまでは別の場所に本殿がありました。境内に「本殿跡」の立て看板があり、石の土台だけが残っています。明治45年に焼失してしまったそうです。


旧本殿跡。明治45年に焼失した

この本殿跡に立つと、往時の神社のようすが偲ばれます。石段がわずかに残っていて、それを手掛かりにするとどうやら社殿は北方向を背にして南に向いて建っていたようです。

さきほどの弥彦山は、境内の北西側にそびえていますから、現在の本殿は東南方向に向いて建っています。

奈良や京都の古い寺社はだいたい南面する(南に向く)のがふつうですから、弥彦神社もかつては都風のスタイルで建っていました。
それが、社殿の再建時に、弥彦山に寄り添うような位置に、方位も変えて建てられたんですね。
そのため、広い境内は、参道の途中でほぼ90度曲がって参拝に向かう格好になっています。


Googleマップ、拡大やスクロールしてみてください。赤い四角が旧本殿、薄青い四角が神宮寺跡地(現鹿苑)です

神仏分離に興味がある人は、その90度曲がる交差点のところにかつての本殿があり、その横(鹿苑のあたり)に神宮寺があったことを、自分の頭の中で補って歩くと面白いと思います。


かつて神宮寺があったとされる「鹿苑」

それでは聴いてください。
Ginger Root で「There Was A Time」



■あわせて読む(関連記事)
新潟・弥彦神社の神仏分離-本地仏・阿弥陀如来-
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240716-2/
新潟・弥彦神社の神仏分離-阿弥陀如来と毘沙門天-
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240702-2/



--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報

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宮澤やすみ公式サイト:https://yasumimiyazawa.com