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第457回 悪魔のしわざ 聖人の煩悩退散伝説――「フランドル聖人伝板絵」より
”奇怪な姿、仏像ファンなら邪鬼とのちがいを比較してみると面白い――”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。私の小唄一門の演奏会リハーサルを終えた宮澤やすみです。22年の歴史のなかで総勢10名は歴代最多人数になります。
そんな中、東京・上野の国立西洋美術館のプレス内覧会にいってきました。広い館内で複数の企画が開幕。忙しく取材。
特別展『印象派―室内をめぐる物語』のほかにも、常設フロアでは『フランドル聖人伝板絵』が展示されています。個人的にはこれは大好物のテーマで興奮を禁じ得ませんでした。
フランドルとは、現在のベルギー、オランダあたりの地域のこと。
そのなかでベルギーの交易都市・ブリュージュは、中世にとても栄えた美しい街。そこにあるフルーニング美術館所蔵の板絵と、国立西洋美術館所蔵の板絵は、もとは同じシリーズ絵であったと思われます。

X線調査の解説をする学芸員の高橋美穂さん
その二枚の絵が、じつに100年ぶりに並んで展示。
合わせてさまざまな研究がなされ、報道陣の前でその成果報告が行われました。
当日配布されたパンフレットによると、作者や元あった場所などは不明であるものの、両者の画面構成や登場人物の描き方など一致点が多くあり、連作の一部であることは間違いなさそうです。
描かれているのは、キリスト十二使徒のひとり、聖人ヤコブ(大ヤコブ)の物語。
作品ごとに紹介しますと、
・漁師であったヤコブがキリストの弟子に選ばれる「召命」の場面
・ヤコブの母が息子の特別待遇を求めるもそれをいさめるヤコブ
この場面が、ブリュージュ・フルーニング美術館の絵画に登場。

作者不詳《聖ヤコブおよび聖ヨハネ伝の諸場面》1525 年 油彩、板 フルーニング美術館、ブリュージュ © Photo: Cedric Verhelst / Musea Brugge
・悪霊(悪魔)に連行された魔術師を解放する場面
・キリスト教に帰依した魔術師に自分の杖を授けるヤコブ
この場面は、東京・国立西洋美術館の絵に描かれています。

作者不詳《聖ヤコブ伝》油彩、板 国立西洋美術館 旧松方コレクション
どちらも、中世の街並みを想像できる背景の建物や風景も見ごたえがあり、ずっと眺めていて飽きません。
ちなみにブリュージュ作品の建物上部に"1525"の年記があるので、そのころに描かれたと推測できます。
そして、東京作品に描かれる悪魔がいかにも奇怪な姿をしていて、仏像ファンなら邪鬼とのちがいを比較してみると面白いと思います。
キリスト教の「悪魔」は、仏教でいう邪鬼と似ていて、キリスト教徒に対して煩悩をもたらそうとする存在です。それをやっつけることでキリスト教の信仰を強くする、というエピソードがよくあります。

2作品が100年ぶりに"再会"。画面手前の東京作品に描かれた悪魔がおもしろい
さっきの魔術師も、最初はヤコブをキリスト信仰から離脱させようとして悪魔と結託するんですがうまくいかず、悪魔に捕らえられたところをヤコブ本人に助け出される。おかげで魔術師はヤコブの弟子になりキリスト教を信仰するようになったとさ。
この「大ヤコブ伝」のエピソードは『黄金伝説』という聖人たちのエピソード集(テレビの無人島生活の番組ではありません)に載っていて、教会を飾る祭壇画などでよく描かれたそうです。
この二枚の板絵も、もともとは聖人たちの伝説を伝える連作の一部として、教会に飾られていたと思われるそうです。
仏像ファン向けに言うと、お寺でも釈迦八相図とかそういう仏教関係のエピソードが連作の絵として掲げられますよね。あれと同じです。
展示では、絵具の解析や画面のX線分析による下絵の存在など、科学的調査の結果も報告されています。
会期が長いですし、ぜひ印象派の展示の後はこちらも忘れずにご覧ください。常設展示室で見られます。
それでは聴いてください。
モトリー・クルーで「シャウト・アット・ザ・デヴィル (Shout At The Devil) 」

さらに新館では「物語る黒線たち――デューラー「三大書物」の木版画」小企画も同時開催。館内で一日楽しめてしまう。こちらは2025年2月15日まで
フルーニング美術館・国立西洋美術館所蔵
フランドル聖人伝板絵―100年越しの“再会”
2025年10月25日[土]-2026年5月10日[日]
国立西洋美術館
詳細:
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2025flemish.html
■あわせて読む(関連記事)
大聖堂のお宝は「曼荼羅」だった? ベルギー国宝《神秘の子羊》
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20180625-2/
ベルギー・ゲント 教会に残されたヘンな彫刻
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20180701-2/
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フランクフルトの秘宝(聖遺物)と伎芸天?
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20180611-2/
光の技術革新が絵画を変える――「印象派―室内をめぐる物語」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20251028-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
吉原の酔狂と悲哀を歌った古典小唄集
『廓の夜』 宮澤やすみ(唄、三味線、解説)
https://yasumimiyazawa.com/kuruwanoyorubook.html
歌詞と解説をまとめたガイドブック発売中
※楽曲はYoutube、Spotifyなどで誰でも聴けますが、これがあればよりよくわかる!
宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
宮澤やすみ公式サイト:
https://yasumimiyazawa.com
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。私の小唄一門の演奏会リハーサルを終えた宮澤やすみです。22年の歴史のなかで総勢10名は歴代最多人数になります。
そんな中、東京・上野の国立西洋美術館のプレス内覧会にいってきました。広い館内で複数の企画が開幕。忙しく取材。
特別展『印象派―室内をめぐる物語』のほかにも、常設フロアでは『フランドル聖人伝板絵』が展示されています。個人的にはこれは大好物のテーマで興奮を禁じ得ませんでした。
フランドルとは、現在のベルギー、オランダあたりの地域のこと。
そのなかでベルギーの交易都市・ブリュージュは、中世にとても栄えた美しい街。そこにあるフルーニング美術館所蔵の板絵と、国立西洋美術館所蔵の板絵は、もとは同じシリーズ絵であったと思われます。

X線調査の解説をする学芸員の高橋美穂さん
その二枚の絵が、じつに100年ぶりに並んで展示。
合わせてさまざまな研究がなされ、報道陣の前でその成果報告が行われました。
当日配布されたパンフレットによると、作者や元あった場所などは不明であるものの、両者の画面構成や登場人物の描き方など一致点が多くあり、連作の一部であることは間違いなさそうです。
描かれているのは、キリスト十二使徒のひとり、聖人ヤコブ(大ヤコブ)の物語。
作品ごとに紹介しますと、
・漁師であったヤコブがキリストの弟子に選ばれる「召命」の場面
・ヤコブの母が息子の特別待遇を求めるもそれをいさめるヤコブ
この場面が、ブリュージュ・フルーニング美術館の絵画に登場。

作者不詳《聖ヤコブおよび聖ヨハネ伝の諸場面》1525 年 油彩、板 フルーニング美術館、ブリュージュ © Photo: Cedric Verhelst / Musea Brugge
・悪霊(悪魔)に連行された魔術師を解放する場面
・キリスト教に帰依した魔術師に自分の杖を授けるヤコブ
この場面は、東京・国立西洋美術館の絵に描かれています。

作者不詳《聖ヤコブ伝》油彩、板 国立西洋美術館 旧松方コレクション
どちらも、中世の街並みを想像できる背景の建物や風景も見ごたえがあり、ずっと眺めていて飽きません。
ちなみにブリュージュ作品の建物上部に"1525"の年記があるので、そのころに描かれたと推測できます。
そして、東京作品に描かれる悪魔がいかにも奇怪な姿をしていて、仏像ファンなら邪鬼とのちがいを比較してみると面白いと思います。
キリスト教の「悪魔」は、仏教でいう邪鬼と似ていて、キリスト教徒に対して煩悩をもたらそうとする存在です。それをやっつけることでキリスト教の信仰を強くする、というエピソードがよくあります。

2作品が100年ぶりに"再会"。画面手前の東京作品に描かれた悪魔がおもしろい
さっきの魔術師も、最初はヤコブをキリスト信仰から離脱させようとして悪魔と結託するんですがうまくいかず、悪魔に捕らえられたところをヤコブ本人に助け出される。おかげで魔術師はヤコブの弟子になりキリスト教を信仰するようになったとさ。
この「大ヤコブ伝」のエピソードは『黄金伝説』という聖人たちのエピソード集(テレビの無人島生活の番組ではありません)に載っていて、教会を飾る祭壇画などでよく描かれたそうです。
この二枚の板絵も、もともとは聖人たちの伝説を伝える連作の一部として、教会に飾られていたと思われるそうです。
仏像ファン向けに言うと、お寺でも釈迦八相図とかそういう仏教関係のエピソードが連作の絵として掲げられますよね。あれと同じです。
展示では、絵具の解析や画面のX線分析による下絵の存在など、科学的調査の結果も報告されています。
会期が長いですし、ぜひ印象派の展示の後はこちらも忘れずにご覧ください。常設展示室で見られます。
それでは聴いてください。
モトリー・クルーで「シャウト・アット・ザ・デヴィル (Shout At The Devil) 」

さらに新館では「物語る黒線たち――デューラー「三大書物」の木版画」小企画も同時開催。館内で一日楽しめてしまう。こちらは2025年2月15日まで
フルーニング美術館・国立西洋美術館所蔵
フランドル聖人伝板絵―100年越しの“再会”
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宮澤やすみ公式サイト:
https://yasumimiyazawa.com



