- HOME
- 宮澤やすみの仏像ブツブツ
- 第482回 巨大な女性の空虚な眼に”丈六仏”を想う 「ロン・ミュエク展」その1
第482回 巨大な女性の空虚な眼に”丈六仏”を想う 「ロン・ミュエク展」その1
”この大きさ、我々仏像ファンはきっと馴染み深いもので、ざっくり丈六サイズ--”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。突然壊れたPCのデータ復旧を依頼することになった宮澤やすみです。肝心のデータは修理完了して手元に来てはじめて復旧できたかどうかわかるそうです。それでウン万円の出費。
そんな中、春の美術展シーズン後半のハイライト、森美術館「ロン・ミュエク展」に行ってきました。
写真は報道内覧会で許可を得て撮影したものですが、多くは一般撮影OKです。

展示室風景。台に乗ってない人が実在の人間
ロン・ミュエクは、イギリス在住の彫刻家です。
――革新的な素材と技法を用いて具象彫刻の可能性を押し広げてきた現代美術作家ですーー(公式サイトより)
その作品は、超絶にリアルな人物像ですが、彼らの姿がちょっと不思議。
どんな思いでいるのか、なぜそんな姿なのか、不思議が重なりますが、答えは一切なく、自分で想像するしかありません。それが楽しい。

なぜ裸? 何をしている? わからないが多すぎるでも引き込まれる 《枝を持つ女》2009年 ミクストメディア
仏像でも、自分の勝手な解釈で「笑ってるように見える」「叱られているみたい」とか言ったりしますよね。
ロン・ミュエクの彫刻も、見る側が自由に想像を広げて見るわけです。
いつも仏像を前に、勝手な妄想を広げてばかりいた私にはぴったりの作品です。
ロン・ミュエクの作品でよく知られるのは巨大な人物像で、今回も《イン・ベッド》という作品が展示されています。
この大きさ、我々仏像ファンはきっと馴染み深いもので、ざっくり丈六サイズを少し超えたくらいの大きさ。

ロン・ミュエク《イン・ベッド》2005年 ミクストメディア
このスケール感が絶妙で、長さ6.5メートルという大きさの印象を、図録では、
ーー身体が小さい乳幼児が見たベッドの中の母親とも解釈可能であろう――と示しています
(近藤健一「人間であることのスケール:人間模倣時代におけるロン・ミュエク」森美術館「ロン・ミュエク」図録より)
ガンダムとか大仏のような圧倒的巨大さで迫るのでなく、大きいながらも近づきたくなる感じがするのは、自分が幼児になった気がするからか。
そうすると、あの丈六仏というのはもしかして、参拝者が幼児の大きさになって見上げた親みたいな、そういう存在ともいえるんでしょうか?
おもしろい仮説ができますね。
ただ、個人的には、この大きさは自分が幼児よりさらに小さい飼い猫くらいの大きさになったような気がして、ベッドでもの憂げにしているお母さんに「かまって攻撃」をしたくなります。
ほかの作品は実在の人間のサイズよりひとまわり小さかったり、半分くらいだったりで、その全体の姿や行動からなにかしらのストーリーが想像されます。
たとえば《チキン/マン》は、おじいさんと鶏の関係性がキモであり、その両者がセットで鑑賞者の視界に入るようなサイズ感です。
これ、お笑い好きな人なら「写真でひとこと」ならぬ「ミュエクでひとこと」の大喜利大会を楽しむことができますね。

「ばあさんや! おまえは、ばあさんなんやな!」ロン・ミュエク《チキン/マン》2019年 ミクストメディア
セリフを語らせずとも、作品が示す状況に自分も身を置いて、心配したりソワソワしたり、作品が表現する人物を自分事として感じてしまいます。
ロン・ミュエクの創り出す人物造形はあまりにもリアルで生きているように見える。だから最初は日常とつながったリアルな体験に感じるのですが、やがて日常では不可能な体験をしている自分に気づきます。
日常生活の場では、疲れ切った表情の買い物中の奥様とか彼女を束縛する若い男の子が実際に目の前にいても、声はかけられないですよね。
心の中で「ごくろうさまです」とか「やべえやついた」とか思うくらいで、視線も合わせないようにしてその場を去るでしょう。
一般に、他人様をジロジロ見ることはモラルに反することとされます。

疲れ切った表情のお母さんは、現代版の「聖母子」? ロン・ミュエク《買い物中の女》2013年 ミクストメディア
ところが、ここでは奥様も男の子も彫刻作品ですから(リアルすぎて忘れそうになる)、遠慮なくじろじろ見ることができるんですね。むしろ見るためにここに来ているのですから。
だから、この場で私たちは日ごろできないことをおおっぴらにやることができる。
作品に引き込まれる時、こうした背徳的な快感も少し含まれているような気がします。

不安げな女性のプライベート?に人が集まる。展示だから当然と分かっていながら不思議な光景でもある
そして、いくら見つめても作品の人物と視線が合わない、そんな絶妙な眼の造り。だからもっと見る。もうロン・ミュエクの術中にはまっています。
また仏像にたとえてしまいますが、これが厨子の中にあったらどうだろう。
閉ざされた扉をぎぃぃっと開けると、ご本尊が! という体験をロン・ミュエク作品でしてみたい。
と思ったら、ありました!

暗がりの奥に人の顔が ロン・ミュエク《ダーク・プレイス》2018年 ミクストメディア
《ダーク・プレイス》という作品は、壁の奥のくぼみの暗がりに、巨大な顔がぼうっと存在する作品。
彫刻だけど、この暗さ、この狭さで見るものを引き寄せます。
壁の奥にあるから、正面から見ることしかできない。これも厨子入りの仏像と同じ体験といえるのではないでしょうか。
暗がりの奥にある巨大な男の顔。深大寺の秘仏・元三大師像を初めて見た時を思い出しました。
すみません次回につづきます。
それでは聴いてください。
ジャコ・パストリアスで「The Chicken」。
ロン・ミュエク
2026年4月29日(水・祝)~9月23日(水・祝)
森美術館
(主催)森美術館、カルティエ現代美術財団
詳細 https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/ronmueck/
■あわせて読む(関連記事)
阿弥陀か?観音か? ブランクーシ彫刻のフォルムにみえるもの
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240611-2/
「マティス展」でみた”彫刻と絵画の間”
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240220-2/
”あの時代”の正体とは? 作品から自分を見直す「時代のプリズム」展
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20250916-2/
「木彫復活」のナゾ④ 「魂むき出し」一木造のひみつ
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230425-2/
”骸骨の庭園”を歩く 「ロン・ミュエク展」その2
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20260519-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
宮澤やすみ公式サイト:https://yasumimiyazawa.com
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。突然壊れたPCのデータ復旧を依頼することになった宮澤やすみです。肝心のデータは修理完了して手元に来てはじめて復旧できたかどうかわかるそうです。それでウン万円の出費。
そんな中、春の美術展シーズン後半のハイライト、森美術館「ロン・ミュエク展」に行ってきました。
写真は報道内覧会で許可を得て撮影したものですが、多くは一般撮影OKです。

展示室風景。台に乗ってない人が実在の人間
ロン・ミュエクは、イギリス在住の彫刻家です。
――革新的な素材と技法を用いて具象彫刻の可能性を押し広げてきた現代美術作家ですーー(公式サイトより)
その作品は、超絶にリアルな人物像ですが、彼らの姿がちょっと不思議。
どんな思いでいるのか、なぜそんな姿なのか、不思議が重なりますが、答えは一切なく、自分で想像するしかありません。それが楽しい。

なぜ裸? 何をしている? わからないが多すぎるでも引き込まれる 《枝を持つ女》2009年 ミクストメディア
仏像でも、自分の勝手な解釈で「笑ってるように見える」「叱られているみたい」とか言ったりしますよね。
ロン・ミュエクの彫刻も、見る側が自由に想像を広げて見るわけです。
いつも仏像を前に、勝手な妄想を広げてばかりいた私にはぴったりの作品です。
ロン・ミュエクの作品でよく知られるのは巨大な人物像で、今回も《イン・ベッド》という作品が展示されています。
この大きさ、我々仏像ファンはきっと馴染み深いもので、ざっくり丈六サイズを少し超えたくらいの大きさ。

ロン・ミュエク《イン・ベッド》2005年 ミクストメディア
このスケール感が絶妙で、長さ6.5メートルという大きさの印象を、図録では、
ーー身体が小さい乳幼児が見たベッドの中の母親とも解釈可能であろう――と示しています
(近藤健一「人間であることのスケール:人間模倣時代におけるロン・ミュエク」森美術館「ロン・ミュエク」図録より)
ガンダムとか大仏のような圧倒的巨大さで迫るのでなく、大きいながらも近づきたくなる感じがするのは、自分が幼児になった気がするからか。
そうすると、あの丈六仏というのはもしかして、参拝者が幼児の大きさになって見上げた親みたいな、そういう存在ともいえるんでしょうか?
おもしろい仮説ができますね。
ただ、個人的には、この大きさは自分が幼児よりさらに小さい飼い猫くらいの大きさになったような気がして、ベッドでもの憂げにしているお母さんに「かまって攻撃」をしたくなります。
ほかの作品は実在の人間のサイズよりひとまわり小さかったり、半分くらいだったりで、その全体の姿や行動からなにかしらのストーリーが想像されます。
たとえば《チキン/マン》は、おじいさんと鶏の関係性がキモであり、その両者がセットで鑑賞者の視界に入るようなサイズ感です。
これ、お笑い好きな人なら「写真でひとこと」ならぬ「ミュエクでひとこと」の大喜利大会を楽しむことができますね。

「ばあさんや! おまえは、ばあさんなんやな!」ロン・ミュエク《チキン/マン》2019年 ミクストメディア
セリフを語らせずとも、作品が示す状況に自分も身を置いて、心配したりソワソワしたり、作品が表現する人物を自分事として感じてしまいます。
ロン・ミュエクの創り出す人物造形はあまりにもリアルで生きているように見える。だから最初は日常とつながったリアルな体験に感じるのですが、やがて日常では不可能な体験をしている自分に気づきます。
日常生活の場では、疲れ切った表情の買い物中の奥様とか彼女を束縛する若い男の子が実際に目の前にいても、声はかけられないですよね。
心の中で「ごくろうさまです」とか「やべえやついた」とか思うくらいで、視線も合わせないようにしてその場を去るでしょう。
一般に、他人様をジロジロ見ることはモラルに反することとされます。

疲れ切った表情のお母さんは、現代版の「聖母子」? ロン・ミュエク《買い物中の女》2013年 ミクストメディア
ところが、ここでは奥様も男の子も彫刻作品ですから(リアルすぎて忘れそうになる)、遠慮なくじろじろ見ることができるんですね。むしろ見るためにここに来ているのですから。
だから、この場で私たちは日ごろできないことをおおっぴらにやることができる。
作品に引き込まれる時、こうした背徳的な快感も少し含まれているような気がします。

不安げな女性のプライベート?に人が集まる。展示だから当然と分かっていながら不思議な光景でもある
そして、いくら見つめても作品の人物と視線が合わない、そんな絶妙な眼の造り。だからもっと見る。もうロン・ミュエクの術中にはまっています。
また仏像にたとえてしまいますが、これが厨子の中にあったらどうだろう。
閉ざされた扉をぎぃぃっと開けると、ご本尊が! という体験をロン・ミュエク作品でしてみたい。
と思ったら、ありました!

暗がりの奥に人の顔が ロン・ミュエク《ダーク・プレイス》2018年 ミクストメディア
《ダーク・プレイス》という作品は、壁の奥のくぼみの暗がりに、巨大な顔がぼうっと存在する作品。
彫刻だけど、この暗さ、この狭さで見るものを引き寄せます。
壁の奥にあるから、正面から見ることしかできない。これも厨子入りの仏像と同じ体験といえるのではないでしょうか。
暗がりの奥にある巨大な男の顔。深大寺の秘仏・元三大師像を初めて見た時を思い出しました。
すみません次回につづきます。
それでは聴いてください。
ジャコ・パストリアスで「The Chicken」。
ロン・ミュエク
2026年4月29日(水・祝)~9月23日(水・祝)
森美術館
(主催)森美術館、カルティエ現代美術財団
詳細 https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/ronmueck/
■あわせて読む(関連記事)
阿弥陀か?観音か? ブランクーシ彫刻のフォルムにみえるもの
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240611-2/
「マティス展」でみた”彫刻と絵画の間”
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240220-2/
”あの時代”の正体とは? 作品から自分を見直す「時代のプリズム」展
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20250916-2/
「木彫復活」のナゾ④ 「魂むき出し」一木造のひみつ
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230425-2/
”骸骨の庭園”を歩く 「ロン・ミュエク展」その2
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20260519-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
宮澤やすみ公式サイト:https://yasumimiyazawa.com


