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第490回 ”空中に立つ”阿弥陀立像と《運慶願経》 -「真如堂の名宝」
”「早く、もっと早く!」という、貴族たちの往生へのニーズに--”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。固いパンをかじったら前歯が折れた宮澤やすみです。翌日大学講座だったのですぐ仮歯を付けてもらい出番をこなしました。
そんな中、夏の美術展シーズン到来です。
今回は東京の三井記念美術館へ「京都 真如堂の名宝」展の取材へ行ってきました。
写真は報道内覧会で許可を得て撮影したものです。

真如堂ゆかりの仏像が並ぶ
真正極楽寺、通称「真如堂」は、平安初期に開創した天台宗の古刹です。
本尊は阿弥陀如来で、もともとは延暦寺常行堂に安置した阿弥陀像を、比叡山から洛中に降ろして建てたという伝承があります。
この本尊阿弥陀如来立像は10世紀の作で、立ち姿の阿弥陀像としては現像最古。
この像は、仏像ファンにはよく知られる清凉寺式釈迦如来のように、ひとつのお手本としてその姿が尊ばれ、多くの模刻像が作られたそうです。
そんな真如堂阿弥陀立像がこの展示のメインになります。

展示風景より。まず大元の真如堂本尊阿弥陀如来を確認。衣の裾を脛のあたりまで上げるスタイルが特徴。10世紀作で、力強さから柔和な和様に以降する端緒とも
真如堂の子院である法蓮院の像は、今回の調査で「院蓮」という仏師が造ったことが判明しました。
図録では、清水眞澄名誉館長による院蓮と院派仏師の解説が読めます。

院蓮作《阿弥陀如来立像》鎌倉時代 建長5年(1253)真如堂一山 法輪院
べつの子院・喜運院の立像も真如堂本尊のスタイルを踏襲しています。
それに加えて、台座と像との接続が銅製の軸を使った「雇枘(やといほぞ)」で固定されているのが特徴で、これによって空中に立つ姿を表現しているのだとか(図録解説より)

《阿弥陀如来立像》鎌倉時代 13世紀 真如堂一山 喜運院
どちらも鎌倉時代の造像で、同じ時期には有名な快慶の三尺阿弥陀がありますが、いずれも阿弥陀如来がこの世にまでやってくる、動きのある表現を求めた造形といえます。
それだけ切実に、阿弥陀の到来(来迎)を願っていたんでしょうか。
「早く、もっと早く!(極楽に行きたい)」という、貴族たちの往生への願望というか欲というか、ニーズに仏師が応えたということでしょうか。

真如堂と三井家の深い関係も展示。平櫛田中作 三井家二代目《三井高平坐像》昭和20年(1945)
国宝の仏画「早来迎」もありますし、阿弥陀来迎の迅速さが重視されたんでしょうかね。
「ウチは早いです!」
「ウチはもっと早い!」
「地域ナンバーワンの早さ!」
「業界トップクラスならウチです!」
で、最後に
「お申し込みはウチへ!」
とやってしまうのは落語のオチでありますが笑、そんな様子を妄想してしまいます。
冗談はともかく、阿弥陀の立像にはこうした思惑が込められているのですが、その最初はここ真如堂だったというわけですね(もっと元をたどれば延暦寺常行堂)。
上記二体は鎌倉仏ですが、ほかは真如堂が隆盛した十世紀の古仏が惜しげもなく展示されています。
この時代の仏像は力強くて、見ごたえがあります。
地蔵菩薩なども脚部の張りを誇張して、Y字型の衣文を描くのが当時のスタイルです。
時代は下りますが不空羂索観音や不動明王といった密教らしい像。
それに妙見菩薩、摩多羅神など神仏ファンがよろこぶ(?)像もお目見えしてにぎやかです。

《不空羂索観音立像》室町時代 16世紀 真正極楽寺 真如堂
加えて、運慶ファンは見逃せない国宝「運慶願経」も展示という盛り沢山な内容です。

運慶が東大寺復興を願って発願した法華経写経。奥書きの「女」と「阿古丸」には諸説あったが、今は運慶の妻と子(のちの湛慶)という説が有力。国宝《法華経(運慶願経)》部分 真正極楽寺 真如堂
それでは聴いてください。
ディープ・パープル で「Speed King (LIVE)」。
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--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
宮澤やすみ公式サイト:https://yasumimiyazawa.com
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。固いパンをかじったら前歯が折れた宮澤やすみです。翌日大学講座だったのですぐ仮歯を付けてもらい出番をこなしました。
そんな中、夏の美術展シーズン到来です。
今回は東京の三井記念美術館へ「京都 真如堂の名宝」展の取材へ行ってきました。
写真は報道内覧会で許可を得て撮影したものです。

真如堂ゆかりの仏像が並ぶ
真正極楽寺、通称「真如堂」は、平安初期に開創した天台宗の古刹です。
本尊は阿弥陀如来で、もともとは延暦寺常行堂に安置した阿弥陀像を、比叡山から洛中に降ろして建てたという伝承があります。
この本尊阿弥陀如来立像は10世紀の作で、立ち姿の阿弥陀像としては現像最古。
この像は、仏像ファンにはよく知られる清凉寺式釈迦如来のように、ひとつのお手本としてその姿が尊ばれ、多くの模刻像が作られたそうです。
そんな真如堂阿弥陀立像がこの展示のメインになります。

展示風景より。まず大元の真如堂本尊阿弥陀如来を確認。衣の裾を脛のあたりまで上げるスタイルが特徴。10世紀作で、力強さから柔和な和様に以降する端緒とも
真如堂の子院である法蓮院の像は、今回の調査で「院蓮」という仏師が造ったことが判明しました。
図録では、清水眞澄名誉館長による院蓮と院派仏師の解説が読めます。

院蓮作《阿弥陀如来立像》鎌倉時代 建長5年(1253)真如堂一山 法輪院
べつの子院・喜運院の立像も真如堂本尊のスタイルを踏襲しています。
それに加えて、台座と像との接続が銅製の軸を使った「雇枘(やといほぞ)」で固定されているのが特徴で、これによって空中に立つ姿を表現しているのだとか(図録解説より)

《阿弥陀如来立像》鎌倉時代 13世紀 真如堂一山 喜運院
どちらも鎌倉時代の造像で、同じ時期には有名な快慶の三尺阿弥陀がありますが、いずれも阿弥陀如来がこの世にまでやってくる、動きのある表現を求めた造形といえます。
それだけ切実に、阿弥陀の到来(来迎)を願っていたんでしょうか。
「早く、もっと早く!(極楽に行きたい)」という、貴族たちの往生への願望というか欲というか、ニーズに仏師が応えたということでしょうか。

真如堂と三井家の深い関係も展示。平櫛田中作 三井家二代目《三井高平坐像》昭和20年(1945)
国宝の仏画「早来迎」もありますし、阿弥陀来迎の迅速さが重視されたんでしょうかね。
「ウチは早いです!」
「ウチはもっと早い!」
「地域ナンバーワンの早さ!」
「業界トップクラスならウチです!」
で、最後に
「お申し込みはウチへ!」
とやってしまうのは落語のオチでありますが笑、そんな様子を妄想してしまいます。
冗談はともかく、阿弥陀の立像にはこうした思惑が込められているのですが、その最初はここ真如堂だったというわけですね(もっと元をたどれば延暦寺常行堂)。
上記二体は鎌倉仏ですが、ほかは真如堂が隆盛した十世紀の古仏が惜しげもなく展示されています。
この時代の仏像は力強くて、見ごたえがあります。
地蔵菩薩なども脚部の張りを誇張して、Y字型の衣文を描くのが当時のスタイルです。
時代は下りますが不空羂索観音や不動明王といった密教らしい像。
それに妙見菩薩、摩多羅神など神仏ファンがよろこぶ(?)像もお目見えしてにぎやかです。

《不空羂索観音立像》室町時代 16世紀 真正極楽寺 真如堂
加えて、運慶ファンは見逃せない国宝「運慶願経」も展示という盛り沢山な内容です。

運慶が東大寺復興を願って発願した法華経写経。奥書きの「女」と「阿古丸」には諸説あったが、今は運慶の妻と子(のちの湛慶)という説が有力。国宝《法華経(運慶願経)》部分 真正極楽寺 真如堂
それでは聴いてください。
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