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第471回 都心に漂う木の香り 東京・長谷寺「麻布大観音」

”お堂の前に巨大なクスノキを横たえて、仏師の大内青圃先生が一生懸命彫って――”

音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。

こんにちは。先日に続いてYoutubeにミュージックビデオをアップした宮澤やすみです。こんどはカルチャークラブの80年代名曲を三味線で弾きました。この記事末尾に貼ってあります。

そんな中、前回記事では長谷寺について”はせでら”と”ちょうこくじ”のちがいについて書きました。

その中で、東京の長谷寺(ちょうこくじ)を紹介しましたが、ここの「麻布大観音」について。

僕はこれまで、テレビラジオ雑誌などあらゆるメディアで麻布大観音の話題をしまくっていたのですが、検索してみると肝心のここ「仏像ブツブツ」に書いていなかったようで、失礼しました。今回書いておきます。

東京港区・青山にある長谷寺は曹洞宗のお寺。境内はひろびろとして都心とは思えません。


麻布・長谷寺(ちょうこくじ)の境内一角にある大きな観音堂

境内の観音堂に入ると、見上げるばかりに大きな十一面観音が立っています。
像高3丈3尺とのことなので、およそ10メートル。

大きさに圧倒されますが、お顔を見るとやさしい女性的な顔。髪型は昭和アイドル風に流していて素敵です。それもそのはずで、完成は昭和52年(1977)のこと。

優しいお顔ですが手足はかなりごつくてパワフルな印象。万一の場合に怪力で助けてくれそうな頼もしさがあります。大きさも相まって女性型スーパーロボットという印象(すぐロボに例える癖すみません)。


麻布・長谷寺(ちょうこくじ)の十一面観音菩薩立像。通称「麻布大観音」

この麻布大観音は、戦災で焼失したかつての創建当初像を偲んで再造されたものです。
なんと、この大きさで一木造(中心部分が一木)だそう。
お寺の公式サイトによると、

――樹齢六百年を超える楠を一本彫りし、約十年の歳月をかけ、一九七七年、三丈三尺、現在の壮麗無比の御姿に蘇りましたーー


間近に近づいて撮影。大きな蓮華を持つ

近所の人の話によると、お堂の前に巨大なクスノキを横たえて、仏師の大内青圃先生が一生懸命彫っていらしたとのこと。
僕が取材した平成のころは、雨の日などにお堂に入ると木の香りがしていました。今はどうなんでしょうか。


彩色しない素地作りで、クスノキ自体の存在感を感じる

もともとこの地には、大和(奈良)の長谷寺と同じ木を用いて造ったという小さな木彫りの観音を祀る観音堂があったといいます(長谷寺同木観音の伝承は各地にあります)。

この観音堂をもとに補陀落山長谷寺が創建。これが慶長3年(1598)徳川家康江戸開府のころ。
正徳6年(1716)には2丈6尺の大観音を造立したとのことですから、身長およそ7mくらいですね。

しかし昭和20年(1945)戦火で焼失。逆にそのころまであったというのがすごいです。
戦後に復興運動が始まって、昭和52年に現在の像が完成しました。

表参道駅から骨董通りを歩くと着く、都心中の都心(イスム表参道店も近い)ですが、麻布地域は江戸時代には郊外のお屋敷街、昭和には庶民の住宅地でしたから、江戸東京庶民の尊崇を集めたことでしょう。


右下は筆者。観音像は筆者よりかなり奥まった位置にあり大きさが実感できるだろうか

じつは私の祖父は戦前の頃、このすぐ近くで小児科医院を開業していたので、焼失前の大観音を拝んでいたのではないでしょうか。父も幼少期を過ごしたのですが覚えてないそうで残念。

そんな、我が家のファミリーヒストリーにも少しだけ関わる麻布大観音なのでした。

それでは聴いてください。
宮澤やすみ で「カーマは気まぐれ(Karma Chameleon)三味線カバー」



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