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第1回 「インテリアとしての仏像」が生み出す文化とは?

長い歴史の中で、奥深い精神文化を体現する存在として大切にされてきた仏像。

そんな仏像を日常生活の場にインテリアとして飾ると、私たちにどのような変化が起きるのでしょう?

 

「インテリアとしての仏像」が私たちの日常生活や文化に与える作用を考える時、ヒントを与えてくれるのが、

京都学派の哲学者 三木清(1897-1945)が提唱する「生活文化」です。

「生活文化」は、文化を意味する英語「culture」やドイツ語「Kultur」が「耕作」の語源に遡ることを指摘し、

「与えられた自然に働きかけて人間の作り出すもの」が文化と定義付ける考え方です(1)。

 

与えられた自然には、単に自然環境だけではなく私たち自身の生命も含まれ、

それらに積極的に働きかけていくことが文化的な態度であるとしています。

 

三木は、「生活文化」の考え方の中で、生活と文化を別々にせず生活それ自体が文化であるとして、

自分の生活に根ざし、その質を向上させていくことで、生活をより文化的なものにしていくと提唱しています。

三木が生きた時代の文化は、音楽、美術、文学といった非日常的なものを享受することだと考えられていました。

 

しかし三木はそれを問題視します。そのような考え方では文化が贅沢品となり、上から与えられるもの、消費の対象となってしまうからです。

そこで「生活文化」の考え方を提唱し、文化は「自らが作り出していくもの」、「生産の対象」としています。

 

もちろん、音楽や美術、文学を「文化」から排斥せよと言っているわけではありません。

そういう非日常的なものも生活文化の考え方に基づいて生活の中に取り入れ

人それぞれが個性的な生活文化を作っていくことが重要だと、三木は考えていました(2)。

 


第7回イスム仏像フォトコンテスト イスム賞受賞作品

 

このような考え方から、日常生活と精神文化を一つにする方法を考えてみると、どうなるでしょう?

日常生活と精神的な文化を一つにするためには、

「日常生活を精神文化へと高める」方向「精神文化を日常生活の中に取り入れる」方向

この二つが考えられます。

 

前者は、インテリアや照明、人との関わりに工夫をするということで、

たとえば客人をお茶でもてなす「茶道」、また素朴な土の器に美を見出す「民芸」などは

生活の中に美を見るという精神が生み出した文化と言えるでしょう。

後者は、芸術作品を部屋に飾ったり、書物を部屋に並べたりすることです。

仏像を部屋に飾るというのは、まさに後者の方向となります。

通常の概念では、仏像は非日常的なものと考えられます。

 

しかし実際によく見てみると、古い仏像は経年変化を経て独特の味わいを呈していて、

そのような姿は茶道によって生み出された美意識「わび」「さび」をも感じさせます。

この点に、仏像の美と生活の美の接点があるのかもしれません。

 

「インテリアとしての仏像」は、日常生活の中に美を見出すとともに、

美を日常生活の中に実現する伝統的な精神を現代の方法で生かし、

「新たな生活文化」を生み出す可能性を秘めているのではないでしょうか。

 

 

脚注
(1) 三木清「生活文化と生活技術」、『三木清全集』第十四巻、岩波書店、1985年、386頁。
(2) 三木清「生活文化と生活技術」、『三木清全集』第十四巻、岩波書店、1985年、391-392頁。

読書案内
三木清 『人生論ノート』、新潮文庫、1954年。
三木清 『三木清教養論集』、講談社、2017年。

執筆者 岡田基生
上智大学大学院哲学研究科・博士前期課程修了。専門は、京都学派の哲学。
論文に、「歴史の動きに関する基礎的研究―後期西田哲学を手がかりとして―」(『哲学論集』、上智大学哲学会、2017年)などがある。