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海龍王寺の”王子”観音のポーズに古来の日本人を見た

”ぼくは観音さまの前で、同じポーズをまねてみました。転びそうになりました(笑)右足を浮かせながら、右手を前に出すポーズはかなり不自然です。そこで思い出したのは--”
神仏研究家・音楽家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。

こんにちは。度重なるライブ出演のあと、休息をかねて旅に出てきました宮澤やすみです。

しかし行先は奈良。もう休息どころじゃなくて、あそこも行きたいここも行きたい。気持がアガッて結局いつもの取材旅行になるのであります。ああつかれた。

まず向かったのは海龍王寺。
毎年春と秋の数週間だけ本尊の十一面観音菩薩が公開されます。


海龍王寺・本堂

仏像ファンにはもう有名な、”イケメン観音”の代表みたいな存在で、ぼくもだいぶ前に拝したことがありました。

なんてきれいな顔立ち……キリっとした和風美形顔と服装に施された精緻な截金文様。まさに皇族ゆかりの寺らしい”セレブツ=セレブな仏像”なのであります。

私もこれまで、テレビやなんかで、さんざんこうした「仏像マニアっぽい表現」をよく言ってきたものでした。しかし、私ももうこうしたメディア向けワードの安売りはいたしません。今回はわりと静かな気持ちで観音菩薩と向き合いました。

うららかな秋晴れの境内、鳥のさえずりが聞こえる中で、観音と対峙し、思ったのは、

「アホの坂田みたいやな」

という感想。

大変すみません。

お寺は飛鳥時代まで遡り、藤原不比等の邸宅内にあったという、奈良でも屈指の古寺であり、聖武天皇と光明皇后のための「宮廷寺院」だった海龍王寺です。そのご本尊に対して失礼極まりない。

宮廷とは一切関係ない庶民の感覚なもので、つい軽々しい発言が出てしまうのですが、要するに気になったのは、独特の姿勢なのでした。
それは、下半身と上半身のバランスにあります。


海龍王寺・十一面観音菩薩立像(重要文化財) 写真提供:海龍王寺

十一面観音は、救いに出向くポーズとして、膝や腰をまげて片足を前に出す姿勢が見られます。
海龍王寺の像の場合、左足に重心をおいて、右足を浮かせようとする絶妙な表現が見事です。
お寺の解説でも「腰のひねりに巧みに応ずる右足の遊ばせ方」とあります。

上半身に目をやると、左手に蓮を挿した水瓶をもち、右手は下にさげて手のひらをこちらに向けている(与願印)。
その右手なんですけど、実ブツを横から見ると、かなり前方に差し出しているのですね。
この手は「功徳を与える」という意味の与願印というポーズですから、前方に「どうぞ」と差し出した感じは、まさに私たちに何かを与えてくれる感じがして、ありがたいのであります。

思わず、ぼくは観音さまの前で、同じポーズをまねてみました。

転びそうになりました(笑)

右足を浮かせながら、右手を前に出すポーズは、現代人にはかなり不自然です。
ぼくのような体の固い人間にはかなりつらい。

そこで思い出したのは、昔の日本人は、右足と右手を同時に出して歩いていたという話です。
「ナンバ歩き」といって、実際はそんなにあからさまに腕を振ることはないらしいのですが(詳細は検索してみて)、
なにしろ右足が前方に出るとき右手も前に出るかたちが自然となる。
じつは、着物で歩くとこのほうが着崩れしません。西洋文明の流入で、我々の歩き方は西洋風になっているのでした。

で、仏像の姿勢もまさしくこれなのかなと思いました。
とくに、十一面観音は、先ほど述べた通り右足を前に出しますが、そのときわりと右手が前に出てる。
与願印の「功徳を与える」意味合いもあるでしょうが、やはり右足と右手が前に出るのが、当時の人にとって自然だったのでしょう。

それにしても、海龍王寺の十一面さんは、右手の差し出しぐあいが特別に前方に出ています。

隣の法華寺の十一面さんもかなり身体を傾けて歩くポーズですが、右手はここまで前に出ず、むしろ水瓶をもった左手が前に伸びてる印象。
あと「腰くねらせ系」の代表で思い当るのは、薬師寺の日光・月光菩薩ですが、あのお二人の下げた手は横位置にあって、前後方向の動きはとぼしい。

じつは、海龍王寺の十一面さんは、制作時期がこれら二像と比べて500年くらい後の鎌倉時代の作なので、仏像づくりのコンセプトも異なっていたことでしょう。

法華寺像のころは、まだ仏像は「洋モノ文化のコピー」でしたが、海龍王寺像のころは仏像のつくりがだいぶ「和モノ」化し、日本人に近くなった時代。
日本人がナンバ歩きをしていたころと重なるのかもしれませんね。
実際の検証はいろんな先生方に聞いてみないとわかりませんが。
そもそもナンバ歩きをしていたのはいつ頃からなのか、中国人はナンバ歩きしてなかったのかとか、いろいろ不明点はありますし。
ちゃんと調べれば、仏像の姿勢と日本人のくらしの関係とか論文が書けるかもしれませんね(つかもう出てたりして)。

で、この姿を見るにつけ、坂田利夫の、あの独特の歩き方が思い浮かべられるんですね。あの坂田歩きも右手と右足が同時に出る感じがありますのでね。

そこで、ぼくの仏像妄想が広がるんですけど、クールな顔立ちの観音さんだけど、さすが関西圏の方、吉本新喜劇の王道の笑いもお好きなのかなと、妄想しちゃうわけで。

昔この観音さまを見たときは、あまりにきらびやかで別世界すぎて縁が無いように思いましたが、今回はとっても親しみのある感じに見えたのでありました。

ちなみに、この観音さまだけでなく、ご住職の石川重元さんも、みうらじゅん氏の影響で”イケ住”として仏像界隈ではすっかり有名かと思います。

とはいえ石川さんご自身は動じることなく、お坊さんらしい胆の座ったたたずまいで、本堂の隅にいらっしゃいました。いただいたお名刺には、ご自身が「かなり盛ってます」とはにかむほど麗しいお顔のイラストが描かれてありました。

さて、このあと、隣の法華寺にまいります。次回更新にて。


本堂横の西金堂はなんと奈良時代のもの。この時代の僧・玄昉によって国家鎮護のための仏教政策が推し進められたのでした

(参考)
海龍王寺WEBサイト
http://www.kairyuouji.jp/

---おしらせ---

本稿の筆者・宮澤やすみ出演

12月14日(金)
【セブンシネマ倶楽部】
--活動写真弁士の歴史と映画の青春時代--
最近の話題作「ジョーカー」に通じる、社会のアウトローの暴走を描いた名作「雄呂血」(大正14年)を上演。
池袋コミュニティカレッジにて。
出演:
片岡一郎(活動写真弁士)
宮澤やすみ(三味線)
https://www.7cn.co.jp/7cn/culture/cc/sevencinema/