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第三部 連載50回目 自分には、なにもできない?




みなさん、こんにちは!

この連載もついに最終回イブ!(こんなことばあるのか? 笑)

名残惜しいですが、最後まで全力で「さとり」のことを書いていきますよ!

よろしくお願いいたします!



この連載の第三部では、ずっと、「さとり」というものを、

あたまだけで理解するのではなく、

からだまるごとで生きていく道について、詳しく解説し続けてきました。



そう。なににおいても、大事なのは「体感」。

とくに「おなか」での、理解を超えた理解。

文字通り「腑に落ちる」という感覚なのです。



かと言って、あたまでの理解を、無理やり「腑に落とそう!」としても、

そう簡単にはいかないのは、みなさんもよくご存知のことだと思います。



おなかでの理解を超えた理解は、“自力”では成し得ないものです。

“他力”にすべてを委ね切ってしまったとき、おのずと理解されてくるのが、

「さとり」の世界というものだからです。



じゃあ、自分にはなにもできないのか?

なすすべなしなのか?

さとりたくてもさとれない自分はどうすればいいんだ?

……と無力感に打ちひしがれてしまうかもしれませんが、

どうか、落ち着いてください。

これは、それとはちょっと趣の違う話なんです。



「自分には、なにもできない」わけじゃなくて、

「そもそも、なにかができる“自分”なんかどこにもいない」んです。



いま、ここにあるのは、全体の動き、つまりは仏の力、他力だけ。

そして、その他力を感じるのが、個人個人の「おなか」なんです。

おなかで、ただ、感じてみてください。

それを感じること自体が、「さとり」そのものなんです。



かなり抽象的な話になってしまいましたが、これまでの連載をお読みくださっている方なら、

なにか、あたまでの理解を超えて、腑に落ちるものがあるはずです。



大事なのは、あたまで考えることじゃなく、おなかで感じること。

耳にタコができるほど繰り返しお伝えしてきたことですが、

最終回を前に、もう一度、強調しておきたくなったので、書いてみました。



さて、次回でいよいよ最終回!

最後まで、お付き合いよろしくお願いいたします!



次回へ続きます!

※毎朝6時から6時半まで、ツイキャスにて「ラジオ瞑想」という番組を生放送しています。
 こちらの連載で書いているような内容(「さとり」を体感する道)を、「瞑想」というかたちでシェアしています。
 登録不要、無料でお聞きいただけます。どなたさまも、お気軽にご参加くださいね。

  ラジオ瞑想
  毎朝6:00-6:30
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