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仏像を“テツガク”する会 第1回イベントレポート


第1回「仏像の魅力とは?」

「仏像を“テツガク”する会」に参加してまいりました!!テーブルの上の弥勒菩薩を囲み、男女10人ほどで哲学的な探求です♪
仏像を愛する方の集まりとはいえ、初対面だと話しにくいものですが、哲学者の吉田幸司さん*が上手に進行してくれたので、気まずさは感じませんでした✨


写真奥が吉田氏、奥左が私(吉川)

おいしいケーキと飲物をいただきながら対話スタート💕まずは参加者のみなさんに、仏像との出会い、仏像に対して普段から抱いている思いや疑問を話していただき、吉田さんが論点をまとめる形で進めていきます。


自分の生活を見張ってもらうために蔵王権現像を家に飾っているという方、仏像を自ら作るようになり、作り手と鑑賞者とでは仏像への思いが違うのではないかと思うようになった方、大学で仏像を学んだことがきっかけで、今回参加されたという学生の方など、みなさんの関心はさまざまです。


イスム 蔵王権現

普段何気なく仏像を眺めているだけでは気づかないかもしれませんが、仏像のその姿勢や持ち物によって、どんなご利益があるかわかるそうです。ちょうど、ギリシアの神々が武器や服装で何の神か識別できるのに似ていますね。

腕がたくさんある千手観音、普通の人間よりも長い腕を持っている十一面観音など、一見、奇妙に感じられる仏像もありますが、それらの容姿にも作り手の意図があるとのこと。体の部位を実際の人間以上に多く表現することで、なんと、高いご利益を示そうとしていたそうです!(1)


イスム 千手観音~慶派~

こんなふうに仏像の「形式」だけを見てゆくと、私たちがそれぞれの仏像をどのように解釈すればよいか、あらかじめ定められているかのようです。

でも、仏像を眺める時の気持ちや状況によって、仏像が見せる表情が変わることってありませんか??子どもの頃、悪いことをしてお母さんに怒られた後に、鬼子母神を眺めると、何だか厳しい顔つきをしていたことを思い出してしまいました💦

それは、私たちの「こころ」の持ち方によって仏像への解釈が変化していくということになります。

このように二つの考え方が出ましたが、どちらが正しいか勝敗を決することが目的ではありません。参加者全員が意見を出し合い、いつもの漠然とした思考を整理して「言葉」にすることそして、参加者全員で真理と智慧を探求してゆくこと、それが哲学的な探求というものです。


今回の対話を通して、今まで当たり前だと思っていたことが当たり前でなかったという発見をし、自分とは異なるものの見方に出会うことができました。

対話するだけで知的な満足感を得ることができましたが、お土産にLunyaのお茶までいただきました(^^♪  お家で美味しくいただいております(≧▽≦)


お土産のLunya

今回私は会をレポートするライターとして参加したのですが、仏像ファンの一人としても楽しい時を過ごすことができました♪ 参加者のみなさまとこのひと時を分かち合えたことに、感謝申し上げます( ^ω^ )

(1)光森正士、岡田健『仏像彫刻の鑑賞基礎知識』、至文堂、1993年、184~189頁参照。
レポーター 吉川晴子
慶應義塾大学大学院にて、20世紀の哲学者ヴィトゲンシュタインを中心に、「規則に従うこと」について研究している。作家を志望し、ウェブマガジンの編集協力なども行っている。

* 進行役 吉田幸司
博士(哲学)。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、現在、クロス・フィロソフィーズ(株)代表取締役。上智大学客員研究員・非常勤講師などを兼任。共著書にBeyond Superlatives(Cambridge Scholars Publishing)、『理想―特集:ホワイトヘッド』(理想社)など。
Twitter: https://twitter.com/yosh_kj