- HOME
- 宮澤やすみの仏像ブツブツ
- 第480回 何度も見返したくなる詩的な味わい「チュルリョーニス展」
第480回 何度も見返したくなる詩的な味わい「チュルリョーニス展」
”チュル先生はもともと詩人キャラなんでしょうかね――”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。治りかけていた腰をまた痛めてしまった宮澤やすみです。原稿を書く時の姿勢も注意しなければなりません。
そんな中、春の美術展シーズンたけなわです。
先日は、国立西洋美術館「チュルリョーニス展」報道内覧会に行ってきました。腰痛最高潮のときに大変だったけど、行ってよかった。
安心してください。チュルリョーニスと聞いて、私知らないし、美術くわしくないんで…、と思うでしょう。
だいじょうぶです。みんな知らないから。

展示風景。右端にあるのは、メインヴィジュアルになっている《祭壇》
でも、天下の国立西洋美術館が企画するくらいだから、よっぽどなんだよね、と思わせる。
ゴッホもルノワールもいいけれど、そうしたネームバリューではないところで勝負するという、美術館の気概が心地よいです。
結果、知らない世界を知る楽しみを存分に味わわせてくれました。

《冬Ⅱ[8点の連作より]》1907年
チュルリョーニス氏は、ロシアとヨーロッパの境界に位置するリトアニアという国の人。
リトアニアでは美術芸術界で大きな影響を与えた巨匠です。
興味深いのは、もともと音楽家だったという経歴。
そして、音楽と美術の間を行ったり来たり、融合した作品を残しているところに、私は関心がありました。
私自身、音楽をしていてかつては書や墨アート制作もしていたので、その道の大先輩です。
時は今から約120年前、20世紀が始まったばかりのこと。
美術も音楽も、20世紀モダニズムの潮流でさまざまな試みがなされました。
絵画ではピカソが立体的なキュビズム絵画を作り始めたり、
音楽ではシェーンベルクがドレミファ…の音階から脱した12音技法を提示したり。
チュルリョーニス先生はまさにこうした時代の芸術家ですが、上記のような尖りに尖った先進芸術というわけでもなく、深く自己の精神を見つめてイメージを膨らませる、私的かつ詩的な表現を感じます。

《第5ソナタ(海のソナタ):アレグロ、アンダンテ、フィナーレ》1908年
展示室では彼の作曲した管弦楽が流れていましたが、どちらかというと19世紀的な後期ロマン派というんでしょうか、ドラマティックな交響詩でした。
(会期中は、チュルリョーニスの音楽作品を演奏するプログラムも実施。公式サイト参照)
さて、あらためてチュル先生の音楽絵画を鑑賞します。
音楽からイメージされる物語、そこに登場する人物や木々などのモチーフが描かれて、音楽が織りなす情景が提示されます。

アンダンテはゆったりした曲調。水平に伸びる蛇と崖にたたずむちっぽけな王、奥には城壁。《第3ソナタ(蛇のソナタ):アンダンテ》》1908年
モチーフが反復し、変形していく様は、音楽でいうソナタ形式の「展開部」に相当するといいます。
まあそうした理屈はおいといても、リズミカルな形や交錯するモチーフが、まさしく音楽でさまざまな楽器の音が交錯するのと同じ印象を与えてくれます。

アレグロはテンポが速い曲調。《第6ソナタ(星のソナタ):アレグロ》1908年

《第6ソナタ(星のソナタ):アレグロ、アンダンテ》1908年
ちなみに、彼に次いで音楽的な絵画を提示したのが有名なカンディンスキー。
ただ、カンディンスキーがめざしたのは、具象を廃した純粋抽象芸術です。
あまりピンとこない人のために、かみ砕いて言いますと、
音楽(とくに歌が入ってない器楽曲)だと、音は「ぴやー」「ぴろぴろぴろ」「どんどこどん」というような音が鳴るので、そこに何か具体的なものが表されるわけではない。これが抽象表現というもの。
この「ぴやー」「ぴろぴろぴろ」を絵画で表現しようじゃないかという、ほんとおおざっぱに言うとそんな感じかと思います。
そこへ、チュルリョーニスの音楽的作品を見ると、そんな抽象画とは異なる印象があります。
人の形とか風になびく木々とか、具象的なモチーフが描かれて、それが展開していく、
チュルリョーニスの作品は、音楽を構想のベースとしながら、そのなかに孕む物語性を詩的に表現しているように感じました。
こういう、具体的なテーマが無い作品は何度も繰り返し好きなように味わえるのでいいですね。
たぶん、チュル先生はもともと詩人キャラなんでしょうかね。
芸術理論を熱く語るようなタイプではなかったのかと思われます(展示室にはチュルリョーニスが知人に送った手紙の言葉が掲示されています)。
そして、こうしたチュル先生(すっかりあだ名にしてしまいゴメンなさい)の精神を支えたのが「神智学」という、当時流行したスピリチュアル理論なのでした。
科学の発達にともなって、宇宙の論理を解き明かそうとする、オカルト的哲学です。あやしい宗教ぎりぎりといいますか、くわしくは検索してみてください。

後光が射す王女は何を意味するのか《おとぎ話Ⅲ[三連画「おとぎ話」より]》1907年
チュルリョーニス本人は、自分の作品と特定の宗教の関連は無い、と宣言しているそうですが(図録解説より)、当時の芸術界と神智学はとても密接に関係していたようで、影響がなかったわけではないようです。
展示の最後には、どの宗教にも属さない、大いなる存在としての「王(レックス)」が登場し、壮大な宇宙を描いています。展覧会タイトルの「内なる星図」とはこのへんのことを指しているのでしょうか。

玉座に座す王の姿が二重に描かれ、地球や星や万物が交錯する《レックス(王)》1909年
この連載でよく書いているように、この作品は広い意味での、チュルリョーニス的「曼荼羅」でありまして、つまり仏教に限らず、世界観宇宙観を図像で表したものを指す言葉として、曼荼羅は便利な言葉といえそうです。
洋の東西や時代を問わず、誰でも心のなかに「曼荼羅的なもの」を持ち得るのかもしれないと思いました。
それでは聴いてください。
今回は、展覧会のスペシャルプレイリスト
#SoundFirstČiurlionis を貼っておきます↓
https://music.youtube.com/playlist?list=PLjMPe9tntL7Hd9rnyFY_CZsnguCqMy8QF&si=3rekq4OHYLUzeQGS
チュルリョーニス展 内なる星図
2026年3月28日(土)-6月14日(日)
国立西洋美術館 企画展示室B2F
詳細 https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp/
同じチケットで「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」も観覧可(当日限り)
■あわせて読む(関連記事)
モンドリアンが描いた”曼荼羅”-「モンドリアン展」と神智学
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20210330-2/
時代に寄り添い追究した”音楽的絵画”「ミロ展」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20250304-2/
なぜ書は音楽といえるのか「石川九楊大全 古典編」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240618-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
4/25土
古民家カフェで お江戸なカフェタイム(小唄と三味線と酒とつまみ)
https://kaguramura.jp/event/festival/1933/
2.
4/29水祝(見逃し配信も)
レクチャーコンサート
小唄で感じる江戸東京の文化 | 朝日カルチャーセンター横浜教室
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8697980
(オンライン受講可)
3.
宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。治りかけていた腰をまた痛めてしまった宮澤やすみです。原稿を書く時の姿勢も注意しなければなりません。
そんな中、春の美術展シーズンたけなわです。
先日は、国立西洋美術館「チュルリョーニス展」報道内覧会に行ってきました。腰痛最高潮のときに大変だったけど、行ってよかった。
安心してください。チュルリョーニスと聞いて、私知らないし、美術くわしくないんで…、と思うでしょう。
だいじょうぶです。みんな知らないから。

展示風景。右端にあるのは、メインヴィジュアルになっている《祭壇》
でも、天下の国立西洋美術館が企画するくらいだから、よっぽどなんだよね、と思わせる。
ゴッホもルノワールもいいけれど、そうしたネームバリューではないところで勝負するという、美術館の気概が心地よいです。
結果、知らない世界を知る楽しみを存分に味わわせてくれました。

《冬Ⅱ[8点の連作より]》1907年
チュルリョーニス氏は、ロシアとヨーロッパの境界に位置するリトアニアという国の人。
リトアニアでは美術芸術界で大きな影響を与えた巨匠です。
興味深いのは、もともと音楽家だったという経歴。
そして、音楽と美術の間を行ったり来たり、融合した作品を残しているところに、私は関心がありました。
私自身、音楽をしていてかつては書や墨アート制作もしていたので、その道の大先輩です。
時は今から約120年前、20世紀が始まったばかりのこと。
美術も音楽も、20世紀モダニズムの潮流でさまざまな試みがなされました。
絵画ではピカソが立体的なキュビズム絵画を作り始めたり、
音楽ではシェーンベルクがドレミファ…の音階から脱した12音技法を提示したり。
チュルリョーニス先生はまさにこうした時代の芸術家ですが、上記のような尖りに尖った先進芸術というわけでもなく、深く自己の精神を見つめてイメージを膨らませる、私的かつ詩的な表現を感じます。

《第5ソナタ(海のソナタ):アレグロ、アンダンテ、フィナーレ》1908年
展示室では彼の作曲した管弦楽が流れていましたが、どちらかというと19世紀的な後期ロマン派というんでしょうか、ドラマティックな交響詩でした。
(会期中は、チュルリョーニスの音楽作品を演奏するプログラムも実施。公式サイト参照)
さて、あらためてチュル先生の音楽絵画を鑑賞します。
音楽からイメージされる物語、そこに登場する人物や木々などのモチーフが描かれて、音楽が織りなす情景が提示されます。

アンダンテはゆったりした曲調。水平に伸びる蛇と崖にたたずむちっぽけな王、奥には城壁。《第3ソナタ(蛇のソナタ):アンダンテ》》1908年
モチーフが反復し、変形していく様は、音楽でいうソナタ形式の「展開部」に相当するといいます。
まあそうした理屈はおいといても、リズミカルな形や交錯するモチーフが、まさしく音楽でさまざまな楽器の音が交錯するのと同じ印象を与えてくれます。

アレグロはテンポが速い曲調。《第6ソナタ(星のソナタ):アレグロ》1908年

《第6ソナタ(星のソナタ):アレグロ、アンダンテ》1908年
ちなみに、彼に次いで音楽的な絵画を提示したのが有名なカンディンスキー。
ただ、カンディンスキーがめざしたのは、具象を廃した純粋抽象芸術です。
あまりピンとこない人のために、かみ砕いて言いますと、
音楽(とくに歌が入ってない器楽曲)だと、音は「ぴやー」「ぴろぴろぴろ」「どんどこどん」というような音が鳴るので、そこに何か具体的なものが表されるわけではない。これが抽象表現というもの。
この「ぴやー」「ぴろぴろぴろ」を絵画で表現しようじゃないかという、ほんとおおざっぱに言うとそんな感じかと思います。
そこへ、チュルリョーニスの音楽的作品を見ると、そんな抽象画とは異なる印象があります。
人の形とか風になびく木々とか、具象的なモチーフが描かれて、それが展開していく、
チュルリョーニスの作品は、音楽を構想のベースとしながら、そのなかに孕む物語性を詩的に表現しているように感じました。
こういう、具体的なテーマが無い作品は何度も繰り返し好きなように味わえるのでいいですね。
たぶん、チュル先生はもともと詩人キャラなんでしょうかね。
芸術理論を熱く語るようなタイプではなかったのかと思われます(展示室にはチュルリョーニスが知人に送った手紙の言葉が掲示されています)。
そして、こうしたチュル先生(すっかりあだ名にしてしまいゴメンなさい)の精神を支えたのが「神智学」という、当時流行したスピリチュアル理論なのでした。
科学の発達にともなって、宇宙の論理を解き明かそうとする、オカルト的哲学です。あやしい宗教ぎりぎりといいますか、くわしくは検索してみてください。

後光が射す王女は何を意味するのか《おとぎ話Ⅲ[三連画「おとぎ話」より]》1907年
チュルリョーニス本人は、自分の作品と特定の宗教の関連は無い、と宣言しているそうですが(図録解説より)、当時の芸術界と神智学はとても密接に関係していたようで、影響がなかったわけではないようです。
展示の最後には、どの宗教にも属さない、大いなる存在としての「王(レックス)」が登場し、壮大な宇宙を描いています。展覧会タイトルの「内なる星図」とはこのへんのことを指しているのでしょうか。

玉座に座す王の姿が二重に描かれ、地球や星や万物が交錯する《レックス(王)》1909年
この連載でよく書いているように、この作品は広い意味での、チュルリョーニス的「曼荼羅」でありまして、つまり仏教に限らず、世界観宇宙観を図像で表したものを指す言葉として、曼荼羅は便利な言葉といえそうです。
洋の東西や時代を問わず、誰でも心のなかに「曼荼羅的なもの」を持ち得るのかもしれないと思いました。
それでは聴いてください。
今回は、展覧会のスペシャルプレイリスト
#SoundFirstČiurlionis を貼っておきます↓
https://music.youtube.com/playlist?list=PLjMPe9tntL7Hd9rnyFY_CZsnguCqMy8QF&si=3rekq4OHYLUzeQGS
チュルリョーニス展 内なる星図
2026年3月28日(土)-6月14日(日)
国立西洋美術館 企画展示室B2F
詳細 https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp/
同じチケットで「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」も観覧可(当日限り)
■あわせて読む(関連記事)
モンドリアンが描いた”曼荼羅”-「モンドリアン展」と神智学
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20210330-2/
時代に寄り添い追究した”音楽的絵画”「ミロ展」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20250304-2/
なぜ書は音楽といえるのか「石川九楊大全 古典編」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240618-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
4/25土
古民家カフェで お江戸なカフェタイム(小唄と三味線と酒とつまみ)
https://kaguramura.jp/event/festival/1933/
2.
4/29水祝(見逃し配信も)
レクチャーコンサート
小唄で感じる江戸東京の文化 | 朝日カルチャーセンター横浜教室
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8697980
(オンライン受講可)
3.
宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html


