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第468回 火災と保存 法隆寺金堂壁画の苦難 「文化財防火デー」のきっかけ
”信仰と観光と美術保存といういろんな価値観が合わさって(時にはせめぎ合って)――”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。三味線と唄でそろそろ次のアルバム作りに取り掛かろうとしている宮澤やすみです。昨年の『廓の夜』に続き、ひとりで小唄を吹き込みます。
そんな中、毎年1月26日は「文化財防火デー」。
今年は東京の大國魂神社ほか各地で防火運動が行われました。

今年の第72回文化財防火デーポスター。昨年の長野善光寺の写真が使われている
文化財防火デーは、昭和24年(1949)1月26日の法隆寺金堂から出火して壁画が焼損したことがきっかけで制定されました。
この火災は、法隆寺で行われていた”昭和の大修理”の終盤での失火でした。
この大修理、じつに昭和9年(1934)から始まったものなんですが、なかなかうまく進まず15年も経ってしまい、最後は残念な結果になってしまいました。

法隆寺金堂と五重塔(2019年筆者撮影)
金堂の内陣を囲む12面の壁画は、日本の絵画美術のなかでも最古級であり最上の美を誇ります。
いま、私の手元には特別展『法隆寺金堂壁画と百済観音』の図録があります。
惜しくもコロナ緊急事態宣言で中止になった悲運の展覧会でしたが、いま図録を読むと金堂壁画の「愛され具合」と保存の大変さが伝わってきます。

幻となった『法隆寺金堂壁画と百済観音』図録。内覧会で観た模写壁画の荘厳さはすばらしかったです
写真が無い時代、金堂壁画は人の目と手で描き写す「模写」によって記録されるようになります。
古くは江戸時代嘉永5年(1852)に祐参というお坊さんが金堂壁画を模写した記録がありますが、これはきれいに彩色を施した仕上がり(現在は山梨県の放光寺所蔵)。
明治になると、仏教寺院の美術的関心が高まる中で初めて、剥落や退色なども含めた「現状模写」が行われました(桜井香雲)。
また、岡倉天心の活動もあって、廃仏毀釈で疲弊した寺院の保存の機運が高まります。
明治30年(1897)には「古社寺保存法」、昭和4年(1929)には寺社に限らない「国宝保存法」が制定されます。
こういう保存の動きがあったうえで、法隆寺の「昭和の大修理」が行われたんですけどね、どうもなかなか大変だったらしいです。

6号壁阿弥陀浄土図模写(部分)以降 Wikipedia パブリックドメイン画像より
そもそも模写という作業自体大変な労力を要します。大正期には鈴木空如という方が全壁面の模写コンプリートを3回もしたそうですが、それはもう命を削るような修行といえる作業だったことでしょう。
暗い堂内に籠もりきりで薄明りのなか色合いを想像しながら描いたのです。
昭和の大修理では、当時最新の設備である蛍光灯が使用されました(軍事設備以外での使用の最初)。
そして、文化財写真の便利堂さんによって撮影された原寸大の写真に彩色をするなど、これまた当時最新のやり方で取り組みます(模写メンバーのうち入江波光氏だけは手書き模写を敢行)。
いろんな才能と技術が集まってがんばるものの、時局は戦時下、予算も出ないし、ついに中断。
戦争終結後に作業再開しますが、そのころは画家メンバーも年老いて次々に逝去。時間がかかりすぎました。
そして昭和24年1月26日を迎えます……。

焼損後の10号壁に向かって合掌する法隆寺の佐伯定胤貫主。1月26日鎮火直後の撮影
残念な中で不幸中の幸いだったのは、戦局悪化により建物避難という意味で金堂の上部など構造物が分解され、仏像などと一緒に別の場所に退避してあったことでした。
このおかげで金堂自体の全焼は免れることができ、昭和29年に金堂落成となりました
(模写事業は昭和26年に中止となっていましたが)。

焼損を免れた飛天図。一定の細さでしなやかに描かれる線「鉄線描」が古代絵画の特徴

焼損後の6号壁阿弥陀浄土図(部分)。使用された顔料によって残存具合が異なる
このとき、金堂内陣に壁画は無く白壁のままだったそうですが、これまで模写した作品を設置したのが昭和42年(1967)。ようやく我々が見ている姿になったというわけです。
私が子供のころの印象では、堂内に照明があってもかなり暗かった印象で、薄明かりでぼうっと見える壁画の観音の顔が恐ろしいやら美しいやら異様な光景を見る思いがしたものですが、現在は照明の具合も整えられていますよね。

東京藝術大学による「クローン文化財」。最新の技術が文化財継承に役立てられる。2020年撮影
とても古いお寺で変わらないように見えますが、近現代も常に改革、改善されて、信仰と観光と美術保存といういろんな価値観が合わさって(時にはせめぎ合って)、これからも変わらないように変化していくのかなと思います。
伝統って、変化しないと保てない、自分の音楽仕事でも似たようなことがありまして、私なんか微々たるスケールではありますが、とても共感する次第です。
それでは聴いてください。
デヴィッド・ボウイ で「Weeping Wall」
■法隆寺金堂壁画関連 参考年表
嘉永5年(1852年)養鸕徹定の侍僧・祐参による模写
明治13年(1880年)桜井香雲による模写「現状模写」のはじめ
明治30年(1897年)「古社寺保存法」
大正5年(1916年)文部省「法隆寺壁画保存方法調査委員会」
保存に向けて現状記録のため写真撮影
大正年間 鈴木空如による模写活動
昭和9年(1934年)文部省「法隆寺国宝保存事業部」昭和大修理はじまる
昭和14年(1939年)「法隆寺壁画保存調査会」
原寸大写真撮影 蛍光灯の日本初実用使用
戦局により中断(建造物の解体疎開)
昭和20年,22年(1945年,1947年) 担当画家 荒井寛方、入江波光逝去
昭和24年(1949年)1月26日 出火
昭和25年(1950年)文化財保護法
昭和26年(1951年)模写事業中止(翌年焼損壁画は収蔵庫に)
昭和29年(1954年)金堂落成
昭和42年(1967年)壁画再現事業 模写壁画を金堂に設置
令和2年 (2020年)特別展『法隆寺金堂壁画と百済観音』(東京国立博物館)中止
■あわせて読む(関連記事)
仏像キャリアの原点、法隆寺金堂での出会い
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240402-2/
飛鳥美術の気品「法隆寺金堂壁画と百済観音」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20200324-2/
無念の特別展中止。それでも百済観音は美しい
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20200414-2/
百済観音はいつから「百済観音」なのか? 完結編 -張本人をさがせ!-
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20250624-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
早稲田大学オープンカレッジ(中野キャンパス)
【カミとホトケの秘めた縁】
―神仏習合/分離でひもとく、いにしえの信仰のかたち―
https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/66458/
※期間限定 入会金無料キャンペーン中
宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。三味線と唄でそろそろ次のアルバム作りに取り掛かろうとしている宮澤やすみです。昨年の『廓の夜』に続き、ひとりで小唄を吹き込みます。
そんな中、毎年1月26日は「文化財防火デー」。
今年は東京の大國魂神社ほか各地で防火運動が行われました。

今年の第72回文化財防火デーポスター。昨年の長野善光寺の写真が使われている
文化財防火デーは、昭和24年(1949)1月26日の法隆寺金堂から出火して壁画が焼損したことがきっかけで制定されました。
この火災は、法隆寺で行われていた”昭和の大修理”の終盤での失火でした。
この大修理、じつに昭和9年(1934)から始まったものなんですが、なかなかうまく進まず15年も経ってしまい、最後は残念な結果になってしまいました。

法隆寺金堂と五重塔(2019年筆者撮影)
金堂の内陣を囲む12面の壁画は、日本の絵画美術のなかでも最古級であり最上の美を誇ります。
いま、私の手元には特別展『法隆寺金堂壁画と百済観音』の図録があります。
惜しくもコロナ緊急事態宣言で中止になった悲運の展覧会でしたが、いま図録を読むと金堂壁画の「愛され具合」と保存の大変さが伝わってきます。

幻となった『法隆寺金堂壁画と百済観音』図録。内覧会で観た模写壁画の荘厳さはすばらしかったです
写真が無い時代、金堂壁画は人の目と手で描き写す「模写」によって記録されるようになります。
古くは江戸時代嘉永5年(1852)に祐参というお坊さんが金堂壁画を模写した記録がありますが、これはきれいに彩色を施した仕上がり(現在は山梨県の放光寺所蔵)。
明治になると、仏教寺院の美術的関心が高まる中で初めて、剥落や退色なども含めた「現状模写」が行われました(桜井香雲)。
また、岡倉天心の活動もあって、廃仏毀釈で疲弊した寺院の保存の機運が高まります。
明治30年(1897)には「古社寺保存法」、昭和4年(1929)には寺社に限らない「国宝保存法」が制定されます。
こういう保存の動きがあったうえで、法隆寺の「昭和の大修理」が行われたんですけどね、どうもなかなか大変だったらしいです。

6号壁阿弥陀浄土図模写(部分)以降 Wikipedia パブリックドメイン画像より
そもそも模写という作業自体大変な労力を要します。大正期には鈴木空如という方が全壁面の模写コンプリートを3回もしたそうですが、それはもう命を削るような修行といえる作業だったことでしょう。
暗い堂内に籠もりきりで薄明りのなか色合いを想像しながら描いたのです。
昭和の大修理では、当時最新の設備である蛍光灯が使用されました(軍事設備以外での使用の最初)。
そして、文化財写真の便利堂さんによって撮影された原寸大の写真に彩色をするなど、これまた当時最新のやり方で取り組みます(模写メンバーのうち入江波光氏だけは手書き模写を敢行)。
いろんな才能と技術が集まってがんばるものの、時局は戦時下、予算も出ないし、ついに中断。
戦争終結後に作業再開しますが、そのころは画家メンバーも年老いて次々に逝去。時間がかかりすぎました。
そして昭和24年1月26日を迎えます……。

焼損後の10号壁に向かって合掌する法隆寺の佐伯定胤貫主。1月26日鎮火直後の撮影
残念な中で不幸中の幸いだったのは、戦局悪化により建物避難という意味で金堂の上部など構造物が分解され、仏像などと一緒に別の場所に退避してあったことでした。
このおかげで金堂自体の全焼は免れることができ、昭和29年に金堂落成となりました
(模写事業は昭和26年に中止となっていましたが)。

焼損を免れた飛天図。一定の細さでしなやかに描かれる線「鉄線描」が古代絵画の特徴

焼損後の6号壁阿弥陀浄土図(部分)。使用された顔料によって残存具合が異なる
このとき、金堂内陣に壁画は無く白壁のままだったそうですが、これまで模写した作品を設置したのが昭和42年(1967)。ようやく我々が見ている姿になったというわけです。
私が子供のころの印象では、堂内に照明があってもかなり暗かった印象で、薄明かりでぼうっと見える壁画の観音の顔が恐ろしいやら美しいやら異様な光景を見る思いがしたものですが、現在は照明の具合も整えられていますよね。

東京藝術大学による「クローン文化財」。最新の技術が文化財継承に役立てられる。2020年撮影
とても古いお寺で変わらないように見えますが、近現代も常に改革、改善されて、信仰と観光と美術保存といういろんな価値観が合わさって(時にはせめぎ合って)、これからも変わらないように変化していくのかなと思います。
伝統って、変化しないと保てない、自分の音楽仕事でも似たようなことがありまして、私なんか微々たるスケールではありますが、とても共感する次第です。
それでは聴いてください。
デヴィッド・ボウイ で「Weeping Wall」
■法隆寺金堂壁画関連 参考年表
嘉永5年(1852年)養鸕徹定の侍僧・祐参による模写
明治13年(1880年)桜井香雲による模写「現状模写」のはじめ
明治30年(1897年)「古社寺保存法」
大正5年(1916年)文部省「法隆寺壁画保存方法調査委員会」
保存に向けて現状記録のため写真撮影
大正年間 鈴木空如による模写活動
昭和9年(1934年)文部省「法隆寺国宝保存事業部」昭和大修理はじまる
昭和14年(1939年)「法隆寺壁画保存調査会」
原寸大写真撮影 蛍光灯の日本初実用使用
戦局により中断(建造物の解体疎開)
昭和20年,22年(1945年,1947年) 担当画家 荒井寛方、入江波光逝去
昭和24年(1949年)1月26日 出火
昭和25年(1950年)文化財保護法
昭和26年(1951年)模写事業中止(翌年焼損壁画は収蔵庫に)
昭和29年(1954年)金堂落成
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--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
早稲田大学オープンカレッジ(中野キャンパス)
【カミとホトケの秘めた縁】
―神仏習合/分離でひもとく、いにしえの信仰のかたち―
https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/66458/
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宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html


