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第452回 菩薩じゃなくて如来? 北円堂・弥勒仏の理由「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」
”なぜ北円堂では弥勒さんがいるのでしょうか? そしてなぜ如来形なのでしょう――”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。9/27土曜のソロライブ満員御礼で無事終えた宮澤やすみです。皆様ありがとうございました。ちなみに今週は誕生日です。好きなお酒は赤ワインです。
そんな中、東京国立博物館では「運慶展」が開幕中。前々回で紹介しました。
今回は、奈良・興福寺北円堂の仏像が主役です。
平安末~鎌倉時代を代表する仏師・運慶晩年の傑作といわれます。

報道内覧会にて、報道陣を見下ろす弥勒如来。以下写真は許可を得て撮影
中央に坐す本尊は、弥勒さま。
弥勒「菩薩」は、頬に指をあてている思惟(しゆい)のポーズでよく知られますが、この弥勒「如来」は、堂々とした仏の姿です。

展示室にて。《国宝 弥勒如来坐像》 鎌倉時代 建暦2年頃。
いずれにしても、弥勒とは釈迦に続いて人間世界に降りてきて(下生:げしょう)、人々を救うをする尊格なのですが、
なぜ北円堂では弥勒さんがいるのでしょうか? そしてなぜ如来形なのでしょうか?
その謎をひもとくカギは、北円堂の創建にあります。
北円堂の創建は、飛鳥~奈良時代の権力者・藤原不比等の追善供養のために建てられました。
その創建は、奈良時代はじめの721年(養老5年)のこと。
不比等は、長く続く藤原氏の権勢のもとを作った藤原氏のゴッドファーザーです。

興福寺北円堂。2019年筆者撮影
その藤原不比等は、仏教を厚く信仰し、なかでも弥勒が住むという兜率天(とそつてん)への往生を願ったそうです。
兜率天は、仏教世界のなかのひとつの階層で、ともかく人間界のずっとずっと上にある天上界の一種と思えばよいかと(その途中に四天王などがいたりする)。
そんな藤原不比等の願いを叶えようと、遺族が北円堂を建て、兜率天の主である弥勒を安置したというのが、一般的な説です。
くわしくは、今回の「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」展の図録にくわしく解説されています。
で、だいたい我々仏像ファンは、「弥勒」といえば先ほどの思惟のポーズを思い浮かべますが、どうやらあのポーズは、北円堂の時代より古い飛鳥時代の流行りだったみたいですね。

思惟ポーズの参考:イスム弥勒菩薩 彩色 篁千礼
時代は、遣唐使によって唐から最新の仏教の知識が入ってきていた時代。
あらためて弥勒が兜率天でどんな姿をしていたのかを考えてみると、どうも思惟の姿ではないようなんですね。
以前、この連載で紹介したガンダーラの古い像のなかには、弥勒が兜率天で説法している石像が残っています。
その姿は、まさしく如来の姿なんです(下記「あわせて読む」記事参照)。
兜率天では、弥勒はすでに釈迦の次の代の仏としてご活躍していた。
それが、56億7千万年後に人間の世界に下生して、そこからまず菩薩として修行、晴れて仏となって人を救うというのが、弥勒信仰のシナリオです。
藤原不比等が会いたかったという、兜率天の弥勒を表現するには、仏として完成された姿がふさわしかったということでしょうか。
ちなみに、本展で見られる弥勒如来は、運慶一派が造った1212年(建暦2年)のもの。北円堂創建から500年近く後の鎌倉時代のものです(創建時の像は塑像だったそう)。

展示室にて、手の印相や体に密着する衣の表現は奈良時代の古様を踏襲したもの
その運慶作弥勒如来の頭部には、像高7.1cmの弥勒菩薩が納められています。非公開ですが写真は本展で見られます。
鎌倉時代には、弥勒が(菩薩として)人間界に降りてくる「弥勒下生」信仰が盛んだったそうで、兜率天の姿とは異なるというわけですね。
同じ尊格でも、時代によって、シチュエーションによって姿がちがう、という話でした。
それでは聴いてください。
ザ・ブッツで「寄木造」
特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」
2025年9月9日(火)~11月30日(日)
東京国立博物館 本館特別5室
詳細:
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/unkei2025/index.html
■あわせて読む(関連記事)
大きな誤解? 弥勒仏と半跏思惟のナゾ「バーミヤン大仏の太陽神と弥勒信仰」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20241008-2/
シルクロードの神仏習合「バーミヤン大仏の太陽神と弥勒信仰」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20241001-2/
ガンダーラ仏 菩薩の見分け方を知る -平山郁夫シルクロード美術館-
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20240521-2/
塑像の眼を模した運慶の技量「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20250909-2/
--おしらせ---
本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報
1.
吉原の酔狂と悲哀を歌った古典小唄集
『廓の夜』 宮澤やすみ(唄、三味線、解説)
https://yasumimiyazawa.com/kuruwanoyorubook.html
歌詞と解説をまとめたガイドブック発売中
※楽曲はYoutube、Spotifyなどで誰でも聴けますが、これがあればよりよくわかる!
宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
宮澤やすみ公式サイト:
https://yasumimiyazawa.com
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。
こんにちは。9/27土曜のソロライブ満員御礼で無事終えた宮澤やすみです。皆様ありがとうございました。ちなみに今週は誕生日です。好きなお酒は赤ワインです。
そんな中、東京国立博物館では「運慶展」が開幕中。前々回で紹介しました。
今回は、奈良・興福寺北円堂の仏像が主役です。
平安末~鎌倉時代を代表する仏師・運慶晩年の傑作といわれます。

報道内覧会にて、報道陣を見下ろす弥勒如来。以下写真は許可を得て撮影
中央に坐す本尊は、弥勒さま。
弥勒「菩薩」は、頬に指をあてている思惟(しゆい)のポーズでよく知られますが、この弥勒「如来」は、堂々とした仏の姿です。

展示室にて。《国宝 弥勒如来坐像》 鎌倉時代 建暦2年頃。
いずれにしても、弥勒とは釈迦に続いて人間世界に降りてきて(下生:げしょう)、人々を救うをする尊格なのですが、
なぜ北円堂では弥勒さんがいるのでしょうか? そしてなぜ如来形なのでしょうか?
その謎をひもとくカギは、北円堂の創建にあります。
北円堂の創建は、飛鳥~奈良時代の権力者・藤原不比等の追善供養のために建てられました。
その創建は、奈良時代はじめの721年(養老5年)のこと。
不比等は、長く続く藤原氏の権勢のもとを作った藤原氏のゴッドファーザーです。

興福寺北円堂。2019年筆者撮影
その藤原不比等は、仏教を厚く信仰し、なかでも弥勒が住むという兜率天(とそつてん)への往生を願ったそうです。
兜率天は、仏教世界のなかのひとつの階層で、ともかく人間界のずっとずっと上にある天上界の一種と思えばよいかと(その途中に四天王などがいたりする)。
そんな藤原不比等の願いを叶えようと、遺族が北円堂を建て、兜率天の主である弥勒を安置したというのが、一般的な説です。
くわしくは、今回の「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」展の図録にくわしく解説されています。
で、だいたい我々仏像ファンは、「弥勒」といえば先ほどの思惟のポーズを思い浮かべますが、どうやらあのポーズは、北円堂の時代より古い飛鳥時代の流行りだったみたいですね。

思惟ポーズの参考:イスム弥勒菩薩 彩色 篁千礼
時代は、遣唐使によって唐から最新の仏教の知識が入ってきていた時代。
あらためて弥勒が兜率天でどんな姿をしていたのかを考えてみると、どうも思惟の姿ではないようなんですね。
以前、この連載で紹介したガンダーラの古い像のなかには、弥勒が兜率天で説法している石像が残っています。
その姿は、まさしく如来の姿なんです(下記「あわせて読む」記事参照)。
兜率天では、弥勒はすでに釈迦の次の代の仏としてご活躍していた。
それが、56億7千万年後に人間の世界に下生して、そこからまず菩薩として修行、晴れて仏となって人を救うというのが、弥勒信仰のシナリオです。
藤原不比等が会いたかったという、兜率天の弥勒を表現するには、仏として完成された姿がふさわしかったということでしょうか。
ちなみに、本展で見られる弥勒如来は、運慶一派が造った1212年(建暦2年)のもの。北円堂創建から500年近く後の鎌倉時代のものです(創建時の像は塑像だったそう)。

展示室にて、手の印相や体に密着する衣の表現は奈良時代の古様を踏襲したもの
その運慶作弥勒如来の頭部には、像高7.1cmの弥勒菩薩が納められています。非公開ですが写真は本展で見られます。
鎌倉時代には、弥勒が(菩薩として)人間界に降りてくる「弥勒下生」信仰が盛んだったそうで、兜率天の姿とは異なるというわけですね。
同じ尊格でも、時代によって、シチュエーションによって姿がちがう、という話でした。
それでは聴いてください。
ザ・ブッツで「寄木造」
特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」
2025年9月9日(火)~11月30日(日)
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宮澤やすみ出演情報(これからとこれまで)まとめ
https://yasumimiyazawa.com/live.html
宮澤やすみ公式サイト:
https://yasumimiyazawa.com


