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第328回 諏訪・神仏の旅⑫ 狩猟文化の色残す「ミシャグジ」-守矢神長官邸にて

”江戸時代までは実際の鹿の首を生贄として捧げて--”
音楽家で神仏研究家の宮澤やすみが、仏像とその周辺をブツブツ語る連載エッセイ。

こんにちは。来週の渋谷・円山町芸者さんとの共演を控え、今からもう緊張している宮澤やすみです。

そんな中、ここでは長野・諏訪の旅を続けて書いてまして、ついに12回までいっちゃいました(記事末にこれまでの記事リストあり)。

このシリーズの前回(二週前)で、諏訪信仰研究家の石埜三千穂さんにお話を伺い、諏訪大社の上社本宮(かみしゃほんみや)の参拝方向について探りました。

諏訪大社ゆかりの仏像から始まって、大社の信仰のナゾをひもとくと、だんたんと諏訪信仰の深奥部へ深入りしている感があります。


ただならぬ雰囲気をまとう、神長官邸の裏の「みさく神」社と樹齢100年の神木

そんな今回の旅でたどり着いた最終地が、「守矢神長官邸」というところ。
守矢家のお屋敷の跡地に、小さな資料館があります。


資料館の入口。表札があって守矢さんのお宅におじゃまする感覚

入るといきなり鹿の首がずらり。串刺しになったウサギも展示されていますが写真は自粛。
鹿や猪など狩猟文化を残す、古代の諏訪、その信仰に関わっていた古い氏族が守矢家です。


鹿も猪も、昔は「シシ」と呼んで狩猟の対象となり、同時に神の化身ともされてきた

諏訪大社が成立すると守矢家は諏訪大社の信仰を支える神長官(じんちょうかん)を務めました。

諏訪大社の信仰は複雑で、近代以前は大祝(おおほうり)と呼ばれる神官がいて、その人に神を降ろし信仰の対象(現人神)としてきました。
その大祝を補佐して祈祷の儀式と事務を扱ってきたのが守矢家で、大祝に神を降ろすことができる神長官として権力をもちました。
とくに上社において権力を発揮していたようです。

そして、守矢家の伝承によると、諏訪大社の祭神である建御名方命(タケミナカタ)よりも前からの土着の神が祖先であるとされます。つまり古事記に書かれる大和王権の神、タケミナカタが諏訪に来るより前からこの地にいた勢力、ということでしょう。

諏訪の古代信仰がどんなものだったのかはっきりとは分かりませんが、地元では「ミシャグジ」または「みさく神」と言われる古来の信仰が残っています。
そう、このシリーズ⑪で紹介した、諏訪大社の参拝方向の背後にある「御射山社」もこの神に関連した神社ということです。

古くから狩猟の文化が続いていた諏訪では、仏教流入後も鹿や猪を食し、神に捧げていました。その神事は諏訪大社上社で4月に行われる「御頭祭(おんとうさい・おとうさい)」で、江戸時代までは実際の鹿の首を生贄として捧げていました。
明治以降は剥製を使います。雉は生きたままですが祭事の後に離します。


「脳和(のうあえ)」”鹿の肉と脳みそを和えたもの”。ちょっと食べてみたい

こうした古い習慣を残しながら、仏教など新しい信仰を受け入れてきた諏訪の人たち。
その特徴が表れているのが「鹿食免(かじきめん)」というお札で、諏訪大社が発行していた肉食を許可するお札です。
肉食禁止の仏教徒でも、これさえあればジビエ料理を堪能できた、というわけですね。


諏訪の舞姫酒造に置いてあった「鹿食免」。本シリーズ⑦で紹介

こうして諏訪の信仰史を概観すると、時代によって新しい思想を受け入れながらも古いものを棄てずに残しておくという、諏訪の人たちの柔軟さとしたたかさを感じます。

つまり、我々よそ者の神仏ファンからすると、諏訪の神といえば古事記の国譲り物語で敗走したタケミナカタの本拠地、というイメージが強いですが、
諏訪の中の人からすると、タケミナカタだって他所から来たもので、土着の神はミシャグジだという図式になるようですね。


「みさく神(ミシャグジ)」を祀る神長官邸敷地の社

神の系譜は古代人の勢力争いの痕跡ともいえます。
その詳しい歴史は解明されていませんが、いろんな氏族が諏訪につぎつぎにやってきて、ミシャグジを信仰する一族(守矢家)とタケミナカタを信仰する一族がせめぎ合い、守矢一族が負けたらしいです。

しかし守矢家は生き残って、”新勢力”の諏訪大社の神長官として仕事をし、そこにミシャグジ信仰が脈々と残り、次第にタケミナカタと同一視されたりもして「諏訪明神」として混ざっていく。
のちに仏教が入ると、神の本地仏として普賢菩薩や千手観音が信仰される。時は中世、守矢家は仏教(密教)に基づいたミシャグジの神事を行なったとか。


小さな社にもしっかりと「御柱」が立てられる

江戸時代でも、藩主を務めた高島藩の藩主(諏訪氏)は、じつは大祝の末裔で、神官と藩政を兼務するという特殊な立場でした。

明治の神仏分離で、大祝の世襲が禁止され、守矢の神長官も廃止。諏訪大社の運営は国から派遣された宮司が担うことになり、ここで伝統が途絶えました。

現在は、守矢の末裔の方が当時の伝統を伝えています。
今回の諏訪の旅、日本の昔の姿を探りたい私のような人には貴重な旅となりました。

それでは聴いてください。
デヴィッド・ボウイで「チェンジズ」。



(参考)
御頭祭(上社例大祭)4月15日(諏訪大社年間祭事)
http://suwataisha.or.jp/gyouji.html

神長官守矢史料館│茅野市ホームページ
https://www.city.chino.lg.jp/soshiki/bunkazai/1639.html


(過去記事)
諏訪大社ゆかりの仏像一斉公開「諏訪神仏プロジェクト」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20221101-2/

諏訪・神仏の旅① 「万治の石仏」
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20221129-2/

諏訪・神仏の旅② 諏訪大社の本地仏-普賢と千手観音
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20221206-2/

諏訪・神仏の旅③ 諏訪大社ゆかりの仏像たち
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230110-2/

諏訪・神仏の旅④ 諏訪大社ゆかりの仏像たち-その2-
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230117-2/

諏訪・神仏の旅⑤ 諏訪大社ゆかりの仏像たち-その3-
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230124-2/

諏訪・神仏の旅⑥ 諏訪大社のご神体がお寺にあった
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230131-2/

諏訪・神仏の旅⑦ 諏訪の地酒めぐりと八剱神社
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230207-2/

諏訪・神仏の旅⑧ ”ターミネーター”と戦った神
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230214-2/

諏訪・神仏の旅⑨ 御柱が護る磐座をさがせ
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230221-2/

諏訪・神仏の旅⑩ 今も現役の昭和モダン建築・片倉館
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230228-2/

諏訪・神仏の旅⑪ 何がある?上社の参拝方向のナゾを解け
https://www.butuzou-world.com/column/miyazawa/20230314-2/


---おしらせ---

本コラム筆者・宮澤やすみ関連情報

1.
【渋谷花街円山町の面影】
4月8日(土曜)18:30〜
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宮澤やすみ公式サイト:http://yasumimiyazawa.com
宮澤やすみツイッター:https://twitter.com/yasumi_m