宮澤やすみの仏像ブツブツ



三井寺の井戸は古代とつながっていた

2017年 12月 16日

三井寺(園城寺)への旅。
秘仏・宝冠釈迦如来を拝観したあとは金堂へ。


紅葉まっさかりの行楽シーズン

巨大な堂内を順路に沿って拝観。妙に精悍なヨーロッパ系の顔をした大黒天もよかったけど、静かなお顔の十一面観音がすばらしかった。柔和な表情と微妙に片足を踏み出して腰をひねるポーズが絶妙バランスで、平安期特有の美仏でした。

金堂の横にあるのが閼伽井屋(あかいや)で、中をのぞくと水が湧いています。
これが「三井の霊泉」というもので、三井寺の原点です。


古代の天皇ゆかりの霊泉!

解説によると、天智、天武、持統の三天皇の産湯にこの水を使ったんだそうです。

仏像ファン、古代史ファンにとって、この三天皇は重要人物なんですよね。

天智天皇は、飛鳥で中臣鎌足とともに蘇我入鹿を殺した(乙巳の変)中大兄皇子のこと。
天皇に即位してから、この三井寺がある大津の地に宮殿を遷したのでした(大津宮)。

その後、古代史最大の争乱「壬申の乱」に勝って即位したのが天武天皇。そのお后が持統天皇。このお二人が、日本最初の本格的な都「藤原京」を建設しました。
仏像界隈だと、興福寺の「山田寺仏頭」の時代。あの山ちゃん(笑)が現役で拝まれていた白鳳時代の天皇ですよ。


山田寺仏頭のイメージ:イスム仏像より

古仏、古代史が好きな私なんかはもうこの3人の名前が並ぶだけで興奮してきます(笑)。

しかも、井戸からは今もこんこんと水が湧いて、ボコボコと音を立てているではないですか。
1300年前の古代と現代がつながっているという実感がして、吸い込まれそうでした。



滋賀県側の琵琶湖疎水。ここから京都市内へ水が送られる

拝観の後は大津の町を散策。写真をいくつか載せておきます。
次回はいよいよ比叡山へ。天台宗のディープスポットに踏み込みます!


琵琶湖名物・鮒ずしを堪能。酒がすすむ!


旧北国街道から長等神社の参道を眺める

(お知らせ)

1.
筆者・宮澤やすみが仏像の謎をキホンから解説します
早稲田大学オープンカレッジ
【仏像の光と闇 ― 基本から学ぶ仏像秘話 ―】
2018年1月20日(土)15時から毎週土曜全4回
早稲田大学エクステンションセンター中野校
詳細:https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/40790/


2.
鷲神社酉の市で幽玄な舞を奉納した「吉原狐舞」の大将、狐太夫・百合之介」と筆者・宮澤やすみ(歌う神仏研究家、小唄師範)が共演!
【宮澤やすみの小唄かふぇ】
2018年2月7日(水)
19時開場、20時開演
神楽坂・キイトス茶房
詳細:http://yasumimiyazawa.com/koutacafe/


三井寺三重塔の秘仏本尊はゴージャスだった

2017年 12月 9日

三井寺(園城寺)への旅。
とくに、三重塔のなかにいる、秘仏・宝冠釈迦如来が初公開だそうで、いってきました。


紅葉まっさかりの行楽シーズン

いや~美しい!

まず、境内の風景が、どこを撮っても絵になります。
紅葉ライトアップもやっていました。

お目当ての仏像は、江戸期の作で、奈良平安の古仏に比べれば新しい(?)作ではあります。
しかし、江戸時代といっても、元和9年(1623)だそうですから、およそ四百年前! 
きれいな顔立ちで、育ちのよい貴公子といった感じの仏像でした。
セレブ系の仏像で「セレ仏」なんて言ったりします(笑)


一般公開は初だそうです

その姿は「宝冠釈迦如来」といって、お釈迦さまがきれいな冠をかぶり、胸飾りも付けているスタイル。
服の着こなしに注目すると、ふつうは右肩から胸をはだけていますが、このお釈迦さまは両肩に左右対称のかたちで布をまとっています。
こういう着こなし方を「通肩(つうけん)」といいます。
下半身のスカート(「裙(くん)」とか「裳(も)」とかいいます)をお腹のへんで結んでいるのも見えますね。

その衣は、流れるようなドレープを描いて、とてもやわらかそうです。とっても上質な絹なんでしょうか。


仏像は撮影NGですが看板には写真が

お釈迦さんといえば、ツブツブパンチパーマ(笑)の髪型に、胸元をガバッと開いたワイルドなスタイルが普通ですが、こうしたゴージャスで派手なスタイルも時々見かけます。
関東だと、鎌倉の円覚寺には立派な宝冠釈迦如来なんか有名。


このことを、三井寺のお坊さんに聞くことができました。

なぜ、お釈迦さんが冠かぶってるんでしょうか……?

「それは、法華経にそういう描写が書いてあるからじゃないでしょうか」

法華経には、お釈迦さまはどんなに飾っても飾りすぎることはない、といったような言葉があるそうです。

冠や胸飾りは菩薩が付けるアイテムですが、菩薩の姿ということなんでしょうか?

「いえ、菩薩形とはちがうと思います。諸説あると思うので、あくまで私の考えですが」

具体的な記述は見つかりませんでしたが、長い法華経のなかでも「如来寿量品」という巻には、仏の世界が宝や華できらびやかに飾られているといった文言があるので、そのあたりではないでしょうか。

法華経の世界では、人間として存在したリアルなシャカというより、時空を超えた根源的な仏の存在を説いていまして、(「久遠実成(くおんじつじょう)」というんですけど、興味ある人は調べてみてください)

そんなホトケを仏像で表現すると、やっぱりゴージャスに飾りたてたくなっちゃうんでしょうか。


正式には「園城寺」ですが三井寺で通ってる。その理由は次週!

ゴージャスシャカの謎。このへんも今後調べていきたいと思います。


それにしても、今回は京都にも行きましたが、晩秋の京都は混雑がシャレにならんレベル!
電車でちょっと県を超えたら静かなもの。こっちに逃げてきて正解でした(笑)

(お知らせ)

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12/5受付開始!
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酉の市の謎を握るカミとホトケ 後編

2017年 12月 2日

ここまで、酉の市と鷲神社、そして江戸の風水守護の話と進みました。

江戸の街は、方位の吉凶を綿密に考慮して、江戸の守護として有力な寺社を配した、という話があります。

有名な話は、鬼門(東北)の方角に、上野の寛永寺が建てられたこと(現在の上野公園)。

ところが、私は前から不思議に思ってたんですけど、上野は江戸城からみて、だいぶ北寄りなんですよね。

いやたしかに、鬼門の方角といっても幅がありますから(十二支の丑と寅の方角を合わせた範囲)、これはこれでいいっちゃいいんですけど、なんかもどかしい。

そこで、ドンピシャで東北の方角ってどこかな? と探してみますと、これが長国寺(鷲神社)なんですね。

鷲神社(長国寺)は吉原の裏手に位置し、ここは江戸城の中心からちょうど鬼門の方角(東北)に位置します。

創建時は別の土地(鳥越)にあったのに、幕府の命で今の位置ににわざわざ移転しました。

そして、前記事で紹介した目黒不動尊と目黒大鳥神社は、江戸城の裏鬼門(南西)に位置します(やや南寄りですが範囲に入ります)。
この両寺、風水的にもよくできているんですね・・・。


地図の右上が長国寺と鷲神社、左下が目黒不動尊

ちなみに、この2つの寺を直線で結ぶと、あの平将門の首塚をかすめていきます。
江戸最大の怨霊・平将門をこの2寺が封じているのでしょうか……? いや~歴史ミステリーですね~。
こんなふうに重要ポイントを線で結んで考察するのは「レイライン」というんですけど、そのへんの話はまた今度ということで、話を戻しましょう。


この連載で、目黒不動尊の秘仏・不動明王の本当の姿は? という話をしました。 
扉が開いても、お姿がはっきりと見られない。
もちろん、神秘性を保つためであるのでしょう。しかし、そのほかに、見せることが憚られるような特別な理由があるとしたら……?

ここで、ひとつのイメージの遊びをしてみましょう。
ポイントは、神仏の持ち物です。

ヤマトタケルは、古事記によると草なぎの剣という剣が必須アイテムです。
妙見菩薩も剣をもちます(前記事参照)。
そして、不動明王も剣が必須アイテム。


一般的な不動明王のイメージ イスム仏像より

じつは、地元のおじいさんの思い出話では「目黒のご本尊はやさしい顔だった」という話があるそうです。
そこから、ご本尊はヤマトタケルの姿なのではという憶測もありますが、顔や服装がちがいすぎる。
でも、ひょっとして妙見菩薩の姿なのだとしたら……?
このほうが、顔は優しいし服装は仏像的で、可能性はありそうです。

いや~、ナゾが謎を呼ぶ話になってきましたね。
秘仏・目黒不動尊。姿が見えないからこそ想像が広がっちゃいます。


ここまで、酉の市から鷲神社、長国寺をめぐったおかげで、目黒不動尊の謎に迫ることができました(こんがらがっちゃった人は、2017年10月28日付の記事から読み返してみてください)

なにしろ、歴史仏像ミステリーという範囲の話ですから、明確な答えは無いのですが、謎って楽しいですよね。


いずれにしても確かなことは、江戸の鬼門と裏鬼門には剣を持つ仏像がいて、それらが江戸の守護を担ってきたということ。

実際どんな姿をしていようが、それぞれ妙見菩薩として、不動明王として信仰されてきた像ですから、まずは両仏像へこれからも守護をお願いするといたしましょう。




(お知らせ)

1.
筆者・宮澤やすみの”仏像バンド”出演!
LIVE Party【下北沢を盗んだ男】
2017年12月8日(金)
19時開場、19時30分開演
下北沢・ろくでもない夜
仏像バンド「宮澤やすみ and The Buttz」ほか楽しいバンド出演!
詳細:http://69demonai46.com/date/2017/12/08/


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酉の市の謎を握るカミとホトケ 中編

2017年 11月 25日

11月の江戸の風物、酉の市。11/30の「三の酉」がラストです。
さて、前記事のつづきで、浅草吉原・鷲神社の原型である、長国寺の妙見菩薩(みょうけんぼさつ)をご紹介。


長国寺「鷲妙見菩薩」。鷲に乗る姿から、鷲神社の由来になりました

妙見菩薩は、北極星への信仰を仏像化したもの。
中国の道教という宗教の影響でできたものです。

もうね、仏像世界は神仏習合とかいいますけど、それだけじゃなく道教だとかいろんな信仰が入り混じっているものなんですね。

道教では北極星を「北辰(ほくしん)」といいます。
そこに、根源的な「太一神(たいいつしん)」がいると信じられた。
いっぽう、神道では八百万の神の根源である「天御中主命(アメノミナカヌシ)」と同一視されることがあります。

長国寺ご住職によると、北極星の信仰自体は、古代エジプトとか世界の古い信仰にもみられるし、古代信仰の原型といっていいのでは、とのことです。

国や時代でスタイルはちがうけど、みんなお星さまを崇めていたんですね。


さて、長国寺の妙見さんは、鷲に乗った姿が特徴です。

不思議なことに、妙見菩薩と鷲=鳥のイメージからでしょうか。日本武尊(ヤマトタケル)の信仰と結びつきます(ここの経緯がはっきりしてないんですけどね)。


長国寺の隣に鷲神社。ここにもヤマトタケルが祀られている

ヤマトタケルは、鳥のイメージで表現されます。

というのは、自身の最期に白鳥に変化して飛んでいったというエピソードがあって、全国的にも白鳥神社や大鳥神社など、ヤマトタケル系の神社は鳥とつながります。このへん検索すればいろいろ出ますんで。

もともと長国寺は、浅草でヤマトタケルを祀る鳥越神社と並んでいたそうで、はじめから妙見とヤマトタケルの結びつきを匂わせています。

さらに、鳥越神社は平将門の呪いを封じる神社と言われまして、将門もからんで掘り下げるとじつにややこしくなってくるんですが、そこは省略ですみません。


もうひとつ、興味深い点があります。

それが風水です。

江戸の街は、方位の吉凶を綿密に考慮して、江戸の守護として有力な寺社を配した、という話があります。

そこで、いよいよ長国寺(鷲神社)と前記事の目黒不動尊がつながってくるんですけど、スミマセン次回までお待ちください!

(前編後編で終えるつもりが、終わらなかったので中編としちゃいました)

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酉の市の謎を握るカミとホトケ 前編

2017年 11月 18日

前記事では酉の市の話題が出ましたが、代表的なのは、浅草というより吉原にある・鷲(おおとり)神社の酉の市ですね。

例年、11月の酉の日に開催。今年2017年は11月の6日(一の酉)、18日(二の酉)、30日(三の酉)と、3度も行われます。

縁起物の熊手(「かっこめ」という)を売る屋台が並んで、晩秋の江戸風物詩になってます。

ちょっと古い写真だけど、私が鷲神社で撮ったのはこんな感じ。


江戸のにぎわいの代表格


商売繁盛を祈願して、いろんな縁起物が熊手に付けられる

酉の市の発祥は、武蔵国足立郡花又(現在の足立区花畑)の大鷲神社とされます。
浅草吉原の鷲神社と共通するのは、祭神の日本武尊(ヤマトタケル)を縁起としていること。

原型は、どうやら足立農村の農具市だったようですが、それが鷲神社でヤマトタケルの東征伝承と結びつき、縁起物を加えて商売繁盛祈願の祭りとなったようです。
そのへんの経緯ははっきりわかっていませんが、ここではヤマトタケルがキーパーソンだということが重要です。
また、鷲(わし)と書いてオオトリと読ませるところもカギです。

仏像のコラムで、なんで神社の縁起物の話をするのかという声が聞こえてきそうですが、このあと仏像出てきますんで、おつきあいください。

この鷲神社なんですけど、じつは前記事の目黒と同じく、もとはお寺とくっついていた、というより、まさしくお寺だったんですね。
江戸時代まで、ここは長国寺(ちょうこくじ)という名前のお寺でした。
それが、この連載で何度も出てきます、明治の神仏分離令によって鷲神社が独立したそうです。
長国寺は、現在も鷲神社と道路を隔てて存在しています。江戸時代には、幕府の命によって除災の祈願をする「酉祭り」という法要を行っていました。

この酉祭り、当初は、天災があったときなどに不定期に行われていたのですが、いつのまにか酉の日の恒例となって、どうもここから酉の市が盛んになったようにも思えます。

さて、この長国寺の本尊は、妙見(みょうけん)菩薩。
これがじつに謎めいた仏像なのです。本尊は秘仏ですがお前立を撮影させていただきました。


長国寺「鷲妙見菩薩」。鷲に乗る姿から、鷲神社の由来になりました

各地のお寺にわりといますが、仏像のなかでもちょっと特殊なキャラクターで、姿かたちは一定しません。
ただ、右手に剣、左手は刀印(とういん)という印を結んでいるのは、共通しているみたいです。
ご住職によると「外への剣、内への剣」とのことで、外敵にも自分にも刃を向けるという恐ろしいポーズです。

妙見菩薩は、北極星への信仰を仏像化したもの。

そして、このあと妙見さんとヤマトタケルさんのお話と、さらに前記事の目黒とも関わってくるのですが・・・

つづきは次回ということで、次週をお待ちください!



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1.
筆者・宮澤やすみが仏像の謎をキホンから解説します
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2.
鷲神社酉の市で幽玄な舞を奉納した「吉原狐舞」の大将、狐太夫・百合之介」と筆者・宮澤やすみ(歌う神仏研究家、小唄師範)が共演!
【宮澤やすみの小唄かふぇ】
2018年2月7日(水)
19時開場、20時開演
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目黒不動尊の裏にあるもの2 狛犬の謎

2017年 11月 11日

東京・目黒の古刹、目黒不動尊・瀧泉寺(りゅうせんじ)。

秘仏本尊ご開扉でにぎわいましたが、境内の狛犬もかわいいのでおすすめです。
その姿は、通常の獅子ではなく、文字通り犬なんですよね。


境内の狛犬がまさに犬

なぜ犬なのかという理由、この連載で二週間引っ張りましたけど・・・、
明確な答えはまだ出ていません(スミマセン)。
しかし、だいたい神仏の話というのは謎だらけ。わからないことが多いですよね。

それでも、いままでの取材で耳にした話があります。
やはり神仏習合がベースになっているようですよ。

じつは、ここ目黒の地に大鳥神社という古い神社があります。浅草の鷲神社と並んで、縁起物の熊手を売る酉の市で有名。
この大鳥神社は、もともと目黒不動尊の敷地にあったんだそうで、目黒不動尊はまさに神仏習合の霊場なのでした。

で、大鳥神社のご祭神は、日本武尊(ヤマトタケル)。
この神さまには、狼が道案内をしてピンチを脱したというエピソードがあり、狼が守り神とされます。


かわいい子だくさんの狛犬

関東には、ヤマトタケルを祀る神社がたくさんあります。

代表格は、今パワースポットとして大人気の秩父三峰神社。
ご祭神であるヤマトタケルを助けた狼を「お犬様」として信仰しています。

そんなわけで、ヤマトタケルといえば狼がつきもの。

さて、目黒不動尊の狛犬が造られたのは江戸時代で、まだ大鳥神社がこの境内地にあった時代です。
そんなわけで、目黒のお犬さん、かわいい顔をしてはいますが、もしかしたら大鳥神社=ヤマトタケルの守護獣、つまり狼という意味もあるかもしれませんね。

これはあくまで推測なので、都市伝説とか歴史ミステリーの感覚でご理解くださいませ。

ちなみに、瀧泉寺様に取材したところ、「”目黒不動明王さまのお使い”だからということにしております」とのコメントをいただいております。

ほかにも、うわさ話としては、目黒不動のご本尊がじつはヤマトタケルの像なんじゃないか、ということも聞いたことがありますが、これもまだ鵜呑みにはできないと思います(このへん追ってはいますがまた超ややこしいので省略)。
なんせ本尊は御簾の奥で見えませんのでなんとも言えません。
これもまた歴史ミステリーの一つということで、謎を楽しむといたしましょうか。


謎が解ける日はくるんでしょうか……?


目黒不動尊の裏にあるもの-その1:地主神・大行事権現

2017年 11月 4日

東京・目黒の古刹、目黒不動尊・瀧泉寺(りゅうせんじ)。

秘仏本尊ご開扉でにぎわいましたが、境内は広いのでほかにも見どころございます。

境内の最奥部、本堂の裏手に行ってみましょう。
ここにはまず、大きな大日如来さんがいます。その位置は、ちょうど本堂内部の本尊・不動明王の真裏に当たります。
もともと不動明王は、大日如来が怒りの姿に変身というか分身したもの。その大日如来が、主役の不動明王を背後から援護しているみたいですね。


覆屋には東洋占星術にも使われる星宿図があしらわれてます

そして、さらにその奥が興味深いんです。

大日如来の裏手に回ると、あるのが鳥居と小さな祠。
これが、ここの境内地を守護する地主神で、その名を大行事権現といいます。天台宗の守り神です。


境内の最奥部に、ひっそりとあります

天台宗の総本山は、比叡山の延暦寺。
早くから神仏習合の考え方が浸透して、延暦寺と日吉神社(山王権現)を中心にして、いろんな神仏が登場します。

大行事権現もそのうちの一柱です(神社のカミは柱と数える)。
その神の系図をたどると、比叡山の主祭神である大山咋神(おおやまくいのかみ)の父神とのこと。

※このへんの話、ホントややこしいんですよね~
明治の神仏分離を境に、神の呼び名が変わっちゃってごっちゃになってという……、
ここではごく簡単に済ませときますね

まあともかく、こんなふうに比叡山の仏たちとそれを守護する神々で構成された宗教を山王神道といいまして、比叡山で発達した。
江戸時代初期には、天海という天台宗の大御所さんが整備して「山王一実(さんのういちじつ)神道」というものに仕上げた。
お寺の坊さんが「神道」を作るんだからややこしいんだけど、昔はそれでよかったんですね。

その宗教的な内容は、私のような凡人には分かり得ない領域ですけど、徳川幕府の江戸街づくりに、天海さんのこの思想が少なからず影響を与えたようです。

なかでも、江戸城の裏鬼門に位置する目黒不動尊・瀧泉寺は、山王一実神道の拠点として隆盛したのでした(ちなみに鬼門の拠点は上野・寛永寺)。

前記事で紹介した鳥居の写真ですけど、あの形状は「山王鳥居」といって、山王一実神道の独自の形式。

鳥居がお寺にあるのが不思議? いえいえこれでいいんです。

神仏習合の形を今もとどめているのが、目黒不動尊・瀧泉寺です。


目黒不動尊に再興された山王鳥居

では、寺の境内にある犬の姿の狛犬は?
そのお話は次回!

次回はそんなにややこしくない!……たぶん(笑)


12年に一度の特別開扉・目黒不動尊ご本尊

2017年 10月 28日

東京・目黒の古刹、目黒不動尊・瀧泉寺(りゅうせんじ)。秘仏のご本尊が開扉されまして行ってきました。

普段は秘仏なのですが、本尊の不動明王は酉年の守り本尊とされますので、酉年に特別に開扉されるというわけです。


平日でも多くの参拝者

お寺によると、開帳ではなく開扉(かいひ)と呼ぶとのこと。

そのとおりで、厨子の扉が開いていますが、帳が下りています。中から照明が当たってシルエットはよく見えます。

火焔の後背を背に、まっすぐ立っていて、右手に大きな剣を持っていて、左手は羂索(けんさく)という縄を持っている。不動明王の基本形ですね。

右手も左手も、肘を曲げているポーズなので、胸の辺に剣と羂索がならびます。

衣までは見えませんでしたが、左肩に衣の端が見えて、そこから条帛(じょうはく)という細い衣が胸に斜めにかかってる、ように見えるような見えないような・・・、という感じでした。

また、両腕からくるりと羽衣が舞っているようにも見えるし、火焔後背の炎のデザインのようにも見えます。

お顔はわかりません。

基本的に、まじまじと見るものではないですから、ディテールはこれくらいにしておきましょう。


五色のひもは御本尊とつながっている。両手に挟んで合掌

平日昼だったせいか、観光客はほとんどなく、静かに参拝している人が何人もいました。

「開扉(かいひ)」という言葉のつながりから、お寺では、

—当山は御開帳といわず御開扉(ごかいひ)といい その音韻から
十二年に一度の御開扉にお不動さまにお参りしご縁を結べば
次の酉年までの十二年間の災厄を「回避」するといわれます—

とのことです。

私は12年前の開扉のときにも参拝しましたが、この12年は個人的になかなか激動の時間でした。
仕事も私生活もパッしなかった2005年、そこから小唄(三味線)の師範になり、いろんな縁がつながって、音楽の仕事が充実。
ヨーロッパツアーや歌舞伎座出演、仏像バンドも結成しCDデビュー。テレビラジオに何度も呼んでいただくように。
これもお不動さまの縁でしょうか。私も酉年生まれということもあり、しっかり御礼参りさせていただきました。


開扉といえば、英語でいうと”Open The Door”。
この12年で私が世に生み出した最大の(?)作品が、”Open The Door”を連呼するこの一曲ではないでしょうか。
曲名は「ご開帳ブルース」ですが、今回だけ「ご開扉ブルース」と呼ぶことにしましょうか。

【御 開 扉 扉を開けて御簾越し 秘佛本尊 御影拝観】
期間:平成29年10月22日(日曜日)~10月29日(日曜日)
午前9時~午後5時
※ 最終日は午後三時護摩まで

 

境内の狛犬がまさに犬でかわいい。なぜ犬なのかはまたこんど


山王鳥居も再興。天台系神仏習合のシンボルです


風神雷神が吉原に繰り出した? 小唄で描かれる神仏世界

2017年 10月 21日

私・宮澤やすみは日ごろ三味線を弾きながら江戸の小唄を歌っている人間ですが、古い小唄には神仏を歌う曲もございます。

といっても、その内容はじつにふざけたものでして、「風神雷神」という歌なんかは、
俵屋宗達の描いた風神雷神が絵から抜け出し、吉原に繰り出して遊びつづけて夜を明かし・・・という、
じつにナンセンスな滑稽歌になってます(興味ある人は下の動画で)。


仏像だとこんなイメージ(イスム仏像より)

ほかの小唄もおしなべてこんな調子。
江戸の庶民にとって、神仏は暮らしになじんだキャラクター。ギャグの対象といいますか、マンガのキャラのような存在だったようです。

年に一度、私の弟子一門総出で開かれる演奏会があります。
場所は東京の花街、神楽坂。
お寺のお座敷で、舞踊を交えて楽しくやります。
今年は10月28日(土)の午後3時。

【宮澤やすみ一門会「小唄 in 神楽坂」】
 http://www.yasumimiyazawa.com/kouta.html

今回はこの「風神雷神」を舞踊付きで披露します!
解説トークもあって、ゆるりと楽しめるので、ぜひお越しください。


初心者が対象なので、気軽にどうぞ!


宮澤やすみの音楽活動(公式サイトより)
http://www.yasumimiyazawa.com/music.html


小唄「風神雷神」の弾き歌い(ほかの曲を交えて編集しています)


フリーランサー注目、運慶のサインから見えるプロ根性

2017年 10月 14日

仏像ファンでなくても、フリーで仕事している人なら、”運慶デビュー作”大日如来坐像はオススメです。

まだ20代だった運慶が造った、はつらつと若々しいお顔の大日さんです。


《大日如来坐像 円成寺蔵》特別展『運慶』取材時に許可を得て撮影

興味深いのは、運慶さんが仏像の内部に自分が造ったことを書き記しているんですね。
その細かい内容は展示でご覧いただくとして、かいつまんでいうと、「運慶がこの仕事受けました」と記したもので、日付と、なんとギャラまで書かれているんです。


運慶自筆の墨書、展示解説されています

その記述は、

「給料物上品八丈絹肆拾参疋也」

細かいことは省きますが、高級な絹をドンとたくさんいただいたようです。

運慶さんは、胎内に書いたギャラ情報が、まさか800年後に公開されるとは思ってなかったでしょうね(笑)

ここから私の妄想スイッチが入るのですが、デビュー当時の運慶さんがこんな情報まで書くその気持ち、わかる気がするんです。

フリーランスの人のボヤキでよく聞かれるのが、「タダでやって」と言われた、という話。

「宣伝になるから」とか「次につながるから」といった理由を並べられて、ボランティアで仕事をさせられることがある。

若手のカメラマンとか、イラストレーター志望の若い子たちとか、アマチュアとプロの境目で苦労している人にありがちな話です。

そこで、「ちゃんとギャラをもらって仕事してます」というのは「アマチュアではありません」というアピールになるんですよね。

運慶さんも、こういう気持ちがあったんじゃないかと思うわけです。

当時は、平安京で院派、円派の仏師が貴族からの注文を受けて、南都(奈良)の仏師はそこに入り込めなかった。まして運慶はまだ若かったから、自分の才能が生かせない状況に悔しい思いをしていたんじゃないでしょうか。


そこに舞い込んだ円成寺の仕事。
自分なりの仕事ができて、ギャラもちゃんと出る。
うれしかったでしょうねえ。モチベーションあがったでしょうねえ。
これでオレもプロの仲間入りだ! と思ったことでしょう。

その思いが、あの詳細すぎる墨書から伝わってくるようです。


こんな運慶をイメージしたオリジナルソングを私は歌っています。
このたびミュージック・ビデオが完成しましたので、ぜひご覧ください!


※動画に写っている仏像は運慶作ではありません 


フリーランサーなら身に染みる、”運慶デビュー作”大日如来坐像。運慶と上野の居酒屋で、グチをこぼしながら飲んだくれたくなります。




特別展「運慶」
2017年9月26日(火)~11月26日(日)
月曜休館(10/9は開館)
東京国立博物館「平成館」にて
公式サイト
http://unkei2017.jp



仏像バンド「宮澤やすみ and The Buttz」
http://www.yasumimiyazawa.com/buttz/