宮澤やすみの仏像ブツブツ



運慶と同時代。マインツ大聖堂で会った狛犬?

2018年 6月 18日

ヨーロッパ4都市演奏ツアー。オフ日のお寺めぐり(教会めぐり)。今回はドイツ・マインツです。

マインツにある大聖堂(Dom)は「ドイツ三大聖堂」のひとつに挙げられる歴史ある教会です。
(あとの二つは、ケルンとトリアーにあります)

荘厳な内陣もすごいんですけど、回廊から先にはミュージアムがありました。係の人に聞くと「中世の彫刻美術がある」というから、もう行かないわけにはいきません。

中に入ると、こんな感じでした!

宗教美術+彫刻=大コーフン!


仏像ファンがお寺の宝物館に入って、ずらり並ぶ仏像に囲まれてワクワクする、あの感覚とまったく同じ!
古い彫刻に囲まれると、もう条件反射のように興奮しちゃうんですよね。パブロフの犬ですね。
ぐるりと撮影した動画を公開。この記事下にあります。

注目すべきは教会の柱をささえる怪獣たち。1200年頃というから、ちょうど運慶と同時代の像じゃないですか。

ただし、運慶の像とちがってかなりユーモラスな顔ですね。
解説にはライオンとスフィンクス、とありましたので、まさに狛犬の西洋版です。
日本の狛犬も、正式には「獅子」と「狛犬」という霊獣の組み合わせで、一説にはエジプトのスフィンクスが原型で世界各地に広まったといいます。


動画より。人面のものがスフィンクスと思われます


動画より。右の獅子が宝珠?をくわえているのも共通点

ヨーロッパでも狛犬に会えるとは思いませんでした。
しかも運慶快慶が生きていた時代に、ドイツの石工がこれを……と想像を広げると、胸が高鳴ります。

美しい回廊の脇にはこんな像も。くわしくはわかりませんでしたが、ヨーロッパに伝わる首無し聖人のようです。
ヨーロッパでは、首を斬られても生きて歩いたという伝説が古代から伝わるそうです。キリスト教が広まると、「迫害にあっても生きて動いた」というような殉教エピソードもあります。そのうちのどれかの聖人を像にしたんでしょうか。
前回記事で紹介した聖バルトロメオに続いて、血なまぐさい迫害エピソードですけど、こういう話ってなんだかんだ人の興味を引きますよね。私も嫌いじゃないです(笑)

残酷な殉教の図像、ほかにもありましたよ


マインツはサッカーファンだけでなく、仏像ファンも満足できる街でした。


動画より。ぼろぼろになった天使の像もグッときます

狛犬は洋の東西を問わずカワイイですね



詳細は動画をご覧ください!

●彫刻ミュージアム Diocesan Museum(1分53秒)


●大聖堂の外観(28秒)


●大聖堂の内部(33秒)




今回のツアーは、無声映画を弁士の語りと楽士の生演奏とともに上演する活弁上演でした。
活動写真弁士・片岡一郎を筆頭に、ピアノ:上屋安由美、太鼓:田中まさよし、三味線に私・宮澤やすみという4名による「映楽四重奏 The Filmquartet」というグループ名で出演。
ベルギー、ドイツの4都市を回りました。
参考:
【ダイジェスト動画「活弁」活動写真の上演:映楽四重奏ヨーロッパツアーより】
https://www.youtube.com/watch?v=iFzsrX3dlVY
(前回2017年ツアーのダイジェストです)


フランクフルトの秘宝(聖遺物)と伎芸天?

2018年 6月 11日

ヨーロッパに行ってきました。音楽の仕事で、三味線を弾いてきました。
ベルギー、ドイツ12日間の旅でした。

で、オフの日はやっぱりお寺めぐり(教会めぐり)をしてしまうもので、そのようすを。

まずはドイツ・フランクフルトの大聖堂。
昨年にも紹介した像がありますが、ほかにも彫刻がたくさんあって素晴らしい空間です。
3分の動画でご覧ください。



とくに、2:16ごろに出てくる厨子に注目。
これがこの教会の最大の秘宝、聖遺物ってやつです。
その中身は、なんとキリストの使途のひとり、聖バルトロメオの頭蓋骨。

聖バルトロメオは、生きたまま皮を剥がされて処刑されたという殉教エピソードがある聖人で、その処刑の絵が各時代でたくさん描かれていますが、これがなかなかショッキングな絵になっています。ネットで検索すれば出ますが閲覧注意でございますよ。

あとで知ったのですが、日曜にご開帳(ついお寺用語を使ってしまうけど似たようなもの)があるとのことで、日曜に行けばよかった。

また、前回もご紹介した、きれいな顔立ちのマリアさまもご健在でした。
下から見上げると目線が合って、しばし見つめ合いながらうっとりと時間を過ごします。
この感覚、奈良の秋篠寺の伎芸天を見上げるときと似てますね。伎芸天さんも、小首をかしげてこちらを見下ろしています。
見た目は異なるけれど、視線を合わせたときのうっとり感が似ているのですね。
伎芸天の画像も検索すれば出ます。

「こっちにいらっしゃい…」と言われているようですね


みなさんもフランクフルトへお越しの際はぜひどうぞ。



今回のツアーは、無声映画を弁士の語りと楽士の生演奏とともに上演する活弁上演でした。
活動写真弁士・片岡一郎を筆頭に、ピアノ:上屋安由美、太鼓:田中まさよし、三味線に私・宮澤やすみという4名による「映楽四重奏 The Filmquartet」というグループ名で出演。
ベルギー、ドイツの4都市を回りました。
参考:
【ダイジェスト動画「活弁」活動写真の上演:映楽四重奏ヨーロッパツアーより】
https://www.youtube.com/watch?v=iFzsrX3dlVY
(前回2017年ツアーのダイジェストです)




仙台の干支守り本尊信仰

2018年 6月 4日

さて、「東大寺と東北」展の帰りに仙台の街をさんぽしました。
仙台は、街のあちこちに小さいお寺や立派な神社もあって、信仰が生きている町ですね。
駅前の大きなアーケード街「クリスロード」は、すごく賑わうエリアで、大阪なら心斎橋、東京なら新宿あたり?といったような都会です。

しかし、その通りの真ん中に三瀧山不動院があって、その突然さに驚きます(いや、不動院のところに後から商店街ができたわけですが)。


クリスロードの途中に忽然と現れる不動院の参道


短い参道に入るとこんな感じ


こちらは柳町大日堂。大日如来を祀るお寺です。ちょうど管理の方にお話を聞けましたが、近隣の会社の方だそうで、地元の人によって守られている感じがいいですね。


本堂前の二体の像に注目。狛犬ではありません


猿(申)の像と・・・


羊(未)の像があります

申と未でお分かりのとおり、ご本尊は干支に対応して祀られています。
日本では、干支によって特定の「守り本尊」を拝む習慣がありまして、
干支(十二支)は、暦のほか方角にも関わっていますから、産まれ歳と方角の守護として特定の仏像が拝まれます。
その内訳は、

 子 …北 …不動明王
 丑寅…東北…虚空蔵菩薩 
 卯 …東 …文殊菩薩
 辰巳…東南…普賢菩薩
 午 …南 …勢至菩薩
 未申…西南…大日如来
 酉 …西 …不動明王
 戌亥…西北…阿弥陀如来

なんでこういうメンバー構成なのか、は不明です。
いつの間にか決まっていましたが、密教系の人が考え出したような、そんなニオイはしますね。

「12支なのに、なんで8分類なんだ」という、素朴なギモンもあるかと思いますが、コレじつはなかなかややこしい話でしてね……

古代中国の占星術では9という数字が重要で、九星気学などが発達しました。これを基本にして、中心+8方位でものごとを捉える「八卦」というのができました。

東洋の占いでは、この八卦の思想を十二支に無理やり(?)当てはめていろいろやるわけですが、これが守り本尊のベースになっているようです。
仏教のなかでも特に密教では、こうした占星術のノウハウが入り混じっていて、じつに複雑でわけのわからない世界になっているんですよね(笑)

守り本尊の信仰は、仙台では伊達氏が推奨したことで、今でもさかんです。
仙台のあちこちに、上記の8仏が祀られていて、自分の干支に対応したお寺を参拝したり、今年は戌年なので阿弥陀如来を祀る大崎八幡宮をお参りしたりします(八幡宮になぜ阿弥陀如来なのかという話は、またじつにややこしいので後日)。

東京のお寺でもポピュラーな話で、守り本尊の御守袋なんかよく見かけますね。
関西などではどうでしょうか?

というところで、今回はこのへんで。


如来像、上から見るか下から見るか

2018年 5月 28日

今回も「東大寺と東北」展でのお話。
前回は、「アフロ仏」こと五劫思惟阿弥陀さんを紹介しましたが、このほかにも、筆者が大好きな仏像が展示されていました。
それが、「弥勒仏坐像」です。

通称「試みの大仏」とも呼ばれ、あの奈良の大仏造りのためのひな形というかモデルというか、そういう目的で造られた、とも言われている仏像です(実際は定かではありません)。

大きさはそれほど無いのですが、ずんぐりとした体格に、このインパクトのあるお顔。
存在感あふれる名像として伝わっています。

それにしても、このお方、小さいがゆえに写真に撮ると、アングルによって表情がまったく変わるんですよね。

資料写真などでは、仏像の眼の高さから取りますから、目つきが非常に厳しく、呪力のこもった顔に見えます。
身体をかがめて、首も前に出していて、乱暴な言い方になるけど「メンチ切ってる」感じ。
なにしろちょっと怖いです。


「東大寺と東北」展グッズにもなっている弥勒仏

しかし、仏像はそもそもひざまづいて下から拝むのが基本。

そのキホンに則って、下からのアングルで見ると、表情が一変、のんびりとくつろぐようなホンワカした顔になるんですよね。

縁側で「どっこいしょ」と腰かけて、「よう来なすったなあ」と客人に手を振ってるみたい。
左手をだらりと下げているポーズもいいですね。リラックスした感じが伝わります(本来は「触地印」「降魔印」と言って、魔物を抑える意味があるんですけどね)。
こちらの写真は報道内覧会にて撮影しました。


このアングルだと印象がぜんぜんちがう

どう意味をとらえるのかは人それぞれだと思いますが、いろんな見方ができるのも名像たるゆえんかと思います。


次回は会場のある仙台の仏レポートです!




東日本大震災復興祈念特別展
「東大寺と東北-復興を支えた人々の祈り」
(東京展)
2018年4月28日(土)~6月24日(日)
東北歴史博物館
http://www.thm.pref.miyagi.jp/

公式サイト:
http://todaiji.exhn.jp


アフロ仏デュオ降臨「東大寺と東北」展

2018年 5月 21日

前回に続いて、東北歴史博物館で開催中「東大寺と東北」展のお話です。
(写真は報道内覧会で許可を得て撮影)

今回は、災害からの復興をテーマにした展示ではありますが、展示の目玉はやはりこのお二方でしょう。


合掌しているほうが東大寺の像、五劫院の像は手を隠しています

阿弥陀如来の、髪の毛が伸びたスタイル「五劫思惟阿弥陀」。通称「アフロ仏」!
二体仲良くならんで展示は、めずらしいと思います。

どちらも、子供っぽいあどけない顔で、ほっぺたがぷくぷく柔らかそう。ツンツンしたくなりますね。

どうして幼い顔立ちなのか。それも意味があります。

まず、この五劫思惟阿弥陀のコンセプトを紹介しますと、
阿弥陀如来がまだ如来になる前に修行をしていたときの姿を表しているのです。
人々を救うため、深い瞑想に入って思惟(考える)している姿がこれです。
だから、若いころの阿弥陀さんというわけで、その若さが幼い顔に表れている。

そして、あんまり長い事考えているもんだから、髪が少々伸びたっておかまいなし。自分の身だしなみなんかより、人々を救うことが先ですもんね。こういうのを「利他(りた)行」と言いまして、自分よりも他人を先に利するという、仏教の基本的な考え方に基づいています。

で、どれくらい長い間考えていたかというと、じつに「五劫」という時間になります。
「1劫」がどれくらいか、簡単にご説明しますと--

 大きな岩があります。その大きさは、1辺の長さが約2000kmほど。
 そこに、100年に1度だけ、天女が降りてきて、羽衣でふわっと撫でる。
 その「ふわっと撫でる」を繰り返して、岩が削れて無くなるくらいの時間・・・
 そこまでしても1劫に満たない・・・

と、『大智度論』という本にあるそうです。
まあようするに、途方もなく長い時間を表現しているんですね。
1劫でこれですから、五劫となったらもう何がなんだか……。
天文学的にはもうとっくに太陽系は消滅しているとは思いますが、そう杓子定規に考えてもつまらないです。
ともかく非常に長い時間、阿弥陀さんは修行をし、やっと如来になれた。だから僕らもがんばろうよ、という意味合いが込められているんですね。

このような五劫思惟の深~いコンセプトとは裏腹に、
あのかわいらしい顔を前にした我々仏像ファンは、ぜんぜんちがうことを妄想しちゃうわけです。

「お~よちよち、がんばっててえらいね~ おこづかいあげようね~」

と、アフロくんの頭をナデナデしてあげたくなってくるわけです。
あくまで妄想でして、大変申し訳ありません。
仏像との接し方は人それぞれではありますが、「ナデナデ」は心の中でしてあげてください。


次回も「東大寺と東北」展からレポートいたします!



かわいいお顔ですが深い意味がございます



東日本大震災復興祈念特別展
「東大寺と東北-復興を支えた人々の祈り」
(東京展)
2018年4月28日(土)~6月24日(日)
東北歴史博物館
www.thm.pref.miyagi.jp/

公式サイト:
http://todaiji.exhn.jp


復興がテーマの「東大寺と東北」展

2018年 5月 14日

仙台の東北歴史博物館で開催「東大寺と東北」展が開催されています。
(写真は報道内覧会で許可を得て撮影)


快慶作の地蔵菩薩をはじめ東大寺の宝物を展示

東北は、奈良時代の大仏造りのときに金を提供するなど、東大寺に貢献した歴史があります。
現在は、東日本大震災の復興に東大寺さんが貢献していて、北河原公敬長老はじめ東大寺の方々と被災地との交流はさかんです。

この交流から、「東日本大震災の復興に取り組んでいる東北のためにと、東大寺の特別協力によって実現」(展覧会WEBサイトより)したのが今回の展覧会。

展示室に入ると、仏像ファンならよく知っている、かわいらしい東大寺の釈迦誕生仏がお出迎え。
髪の毛が伸びた姿の「五劫思惟阿弥陀」(通称、アフロ仏)も二体仲良くならんでいます(東大寺像と五劫院像)。このふたりについては来週あらためて紹介します。

慶派ファンの方は、快慶作の地蔵菩薩にご注目。快慶らしいキリッとした目つきに、華麗な装飾&微細な截金文様がひたすら美しいです。

東大寺自身も何度も火災に遭い、そのたびに復興してきました。
鎌倉時代の重源上人、江戸時代の公慶上人。
このお二方のおかげで、今わたしたちが大仏を拝めています。
天平の大仏建立から、鎌倉の再興、江戸の再興というステップをまとめて俯瞰できる展示になっています。
(公式サイトに、このお二方の写真が出ています)

また、二月堂「お水取り」で知られる「修二会」関連の、めったに見られない寺宝が展示されていたのもおどろきでした。
写真の「御正体(みしょうたい)」は、「懸仏(かけぼとけ)」ともいって、絶対秘仏である本尊・十一面観音の姿を模した像を、本尊の魂が宿る神鏡に付けたもの。

懸仏は、ふつうは神社で見られ、祭神の本地仏(昔は神社の神の本体が仏だとされていた)をとりつけて拝まれるものですが、二月堂の場合、本尊がご神体と同じく目に触れないため、こうした御正体を懸けたようです。
神仏習合世界では重要なアイテムです。

私が気になった仏像は、次回以降ご紹介いたします!


東大寺「お水取り」で使用される桶と二月堂の”御正体”


東日本大震災復興祈念特別展
「東大寺と東北-復興を支えた人々の祈り」
(東京展)
2018年4月28日(土)~6月24日(日)
東北歴史博物館
www.thm.pref.miyagi.jp/

公式サイト:
http://todaiji.exhn.jp


玉眼からみる「運慶はアーティストかデザイナーか」

2018年 5月 7日

前回に続いて、都心に開館した「半蔵門ミュージアム」でのことです。

運慶作とされる大日如来がメインで、胎内納入品から玉眼の話になりました。



大日如来を眺める水野敬三郎館長

目に水晶をはめ込んで、リアルさを演出する「玉眼」の手法ですが、
運慶の場合、如来と菩薩の像はなるべく彫眼で造ったようなんですね。
国宝指定された浄楽寺の例だと、
・阿弥陀如来と観音、勢至菩薩は彫眼。
・不動明王と毘沙門天は玉眼
というように、使い分けています。

如来の像で玉眼を使うのは、
・運慶の「デビュー作」と言われる円成寺の大日如来
・今回紹介する真如苑所蔵の大日如来
がよく知られます。

大日如来は特殊な如来だから玉眼? と思いきや、もうひとつの光得寺所蔵の大日如来は彫眼です。

なぜ真如苑の像は玉眼なんでしょうか?

この素朴なギモンは仏像マニアの飲み会でも運慶トークの鉄板で、
「運慶は如来は彫眼なんだよね~ でも大日は玉眼なんだよね~」
という話題で盛り上がります。
※もしマニアの方と飲み会するときはここ押さえておくといいです(笑)

そこで、館長の水野敬三郎さんにお尋ねしてみました。

水野敬三郎先生といえば、仏像研究者の大ベテラン、というかもう神の域に達していらっしゃる大師匠です。
運慶だけでなく仏像史全体に精通精通されており、私も水野先生の著書『カラー版 日本仏像史』などよく勉強させていただきました。

「師匠、この大日如来が玉眼の理由は何なんでしょう?」

すると水野師匠、いや水野館長、結論から言うと「はっきりした理由はよく分かっていないんです」とのこと。

さらに「自分の想像ですが…」と前振りした上で「発注する側の意向もあると思います」
ともおしゃいました。

この像を発注したのは栃木の武士(足利氏)です。
時は平安時代。歴史が進むにつれて、武士階級は新興勢力としてのし上がります。
お金もあることだし、平たく言えば見栄を張りたいということで、運慶に”玉眼使ってよ”と指示したんじゃないか--

というのが、水野館長のご意見でした。

虚栄と経済的事情、ということもあるかもしれませんね。人間のやること、いつの時代も変わりません。

確かに当時の武士は、貴族の従属者という立場を卒業して、人の上に立てる人物であろうとし、仏教を深く勉強していたそうです。
源頼朝なんかは神仏に対して非常に敬虔で知識も深かったそう。

玉眼の件は諸説あると思いますが、ともかく仏像造りは、職人である仏師本人よりも、クライアント(=発願者)の意向が大きく影響するということでした。

作家本人の意向がダイレクトに出る近現代美術と異なるのは、こういう点ですね。
仏像造りは公共プロジェクトみたいなもので、発願者のコンセプトに合わせて、いろんな人が関わってできるのでした。
その現場に運慶などの仏師がいたわけで、言ってみれば仏師はアーティストというより、デザイナー兼エンジニア、という立場に近いのではないかと思います(晩年の運慶は巨匠アーティストとして腕をふるいますが、この時点では若かった)。

仏像を観るときは、発願者の思いを考えてみると、いろんな想像が広がりますよ。


静謐な雰囲気の展示室


【半蔵門ミュージアム】
https://www.hanzomonmuseum.jp


運慶仏を無料で拝観「半蔵門ミュージアム」

2018年 5月 1日

都心に仏像ミュージアムが開館ということで取材してきました。

館名は「半蔵門ミュージアム」。
宗教法人・真如苑の施設です。


運慶仏のほか平安期の不動明王やガンダーラ仏などを安置

真如苑というと、以前「14億円で落札した大日如来」がニュースになり、数年ほど東博で展示・研究されましたが、こちらに移りました。
それがなんと入場無料、ってすごいですね。

ここは麹町・半蔵門界隈のビジネス街。営業で疲れた企業戦士も、ランチ後に「ちょっと運慶」できてしまうのです。運慶が身近になりますね。


地下鉄半蔵門駅4番出口隣という好立地


この像が運慶作と言われる理由は、外見と内面にありまして、
まずこのはつらつとした若々しい顔の造りがいかにも運慶の作風。

あとは胎内納入品(仏像の内部に収める物)が注目されました。
仏像の内部に五輪塔などを入れるやり方は、運慶がよくやる手法だそうです。

展示室は地下1階ですが、2階にあがると各地の運慶作の仏像についてのパネルが並んでいます。
どの仏像にも、運慶が入れたと思われる胎内納入品がありました。


運慶仏の胎内納入品をまとめたパネル展示

その中には、五輪塔のほか仏舎利や心月輪(しんがちりん)というものもあり、その意味は、
”像の本性を表徴し、霊性を高めるためのもの”(パネル解説文より)
ということだそうです。

仏像はたんなる彫刻ではなく、内部に魂をもっている、ということでしょうか。


ところで、運慶をはじめとする慶派の仏像は、目に水晶をはめ込む「玉眼」の手法が有名です。
水晶の輝きが目に光を与えて、よりリアルな表現になるんですね。
そのため、仏像マニアの間では「玉眼かそうでない(彫眼)か」ということがよく話題になります。

運慶の場合、如来と菩薩の像になるべく彫眼で造っていたようなんですね。
しかし、今回展示の大日如来は玉眼です。

なぜ真如苑の像は玉眼なんでしょうか?

素朴なギモンを、館長の水野敬三郎先生(仏像研究の大御所!)にお尋ねしてみました。

本日はここまで(スミマセン)。
先生のお答えは次回ということで、また来週月曜お目にかかりましょう!



ケースには反射が少ないガラスが使われ見やすいです

 【半蔵門ミュージアム】
 https://www.hanzomonmuseum.jp/


『シン・ゴジラ』は壮大な獅子舞だった?

2018年 4月 23日

獅子舞の話題から、ある”カリスマさん”も巻き込んで、コラムは進みます。

前回、獅子舞の獅子がイノシシだったという話。ちょっとおさらいしましょう。


イノシシが舞う「銀鏡神楽獅子舞」写真提供:三上敏視

この銀鏡(しろみ)神楽では、イノシシの姿をした獅子舞が奉納されます。

暴れまわるイノシシは荒ぶる神そのもの。それをなだめたりいろいろしながら、鎮めていきます。
最後には神職さんがまたがったりして、荒ぶるものを抑えたという意味なんでしょうね。

獅子舞の意味合いにも大きくふたつあるのでしょうか。
ひとつは、福をもたらす善神としての獅子に厄除けしてもらうパターン、
もう一方は、災いをもたらす荒ぶる神を退治して、村に平和が訪れるというパターン。

以上が前回のおさらいです。


このイノシシの獅子舞を見ると、なぜかゴジラを思い出しました。
ゴジラも、作品によって凶悪な害獣として暴れたり、逆に悪の怪獣を倒す正義の怪獣として描かれたりしますもんね。

なかでも、こちらの映像を見て、強く思い出したのが映画『シン・ゴジラ』です。


隠岐島・伊勢命神社例大祭での獅子舞。写真提供:三上敏視

というのは、獅子頭の口の動きが特徴的なんですね。
写真では見えないのですが、下あごが一枚の板のまんまで、バッタンバッタンと、ほぼ180度近く開くんですね。
素朴な造りが味わい深くて、見ごたえがあるのです。

歴史のある無形文化を前に恐縮ですが、ぼくの頭の中は「シン・ゴジラ」の一つのシーンが繰り返されていました。
それは、第四形態のゴジラが東京で初めて火炎を吐く瞬間のシーンです。
あのときも、口が異常に広がってましたからね。
これまでのゴジラには見られない独特の口でした。

獅子舞も、大きな口を開いて魔を飲み込んだり何かの覇気を出したりするようなしぐさも見られます。

荒ぶる神、そして、独特の口の開き方。
もしかして、シン・ゴジラはこうした古い獅子舞を参考にしていたのかな?

と、勝手な想像が広がりますが、ちょうどワタクシ、『シン・ゴジラ』でゴジラの原型制作を担当した竹谷隆之さんと知り合いなので、この件ちょっとメールしてみました。

彼からの答えはこうでした:

”ゴジラ口開きは
たしか監督陣のほうから「口から吐くときにヘビの下顎骨みたいに割れるのはどうか」という案が出て、
じゃあ上半身の複製に口開きバージョンで雛形つくっときますー 、よろしくですうー(中略)”みたいな流れでした

竹谷さんはいつも、その風貌からは想像できない軽~い文面で返信くださるのですが、今回もいつもどおりのノリで即レスをいただけました。
私が勝手に「平成の運慶」と呼んでいる竹谷さん、さすが仕事が早いです。

というわけで、獅子舞との直接的な関係はなかったようです(笑)

いや、アイデアの発端は監督ですから、これ以上は監督に聞かないとわからないですね。いつかチャンスがあれば聞いてみたいです。

しかし、荒ぶる神を完全に殲滅するのでなく「鎮める」というストーリーの映画は、大げさに言うと、日本の信仰観念の根幹に通じるものがあったとも言えまして、多くの日本人の感性に響く映画でしたね。

獅子舞からゴジラに話が飛んでしまいました。

次回はまた仏像の話に戻ります。


シンゴジラが手のひらを上に向けているのは、仏像の持物をもつ手をイメージしたと、スーツアクターをなさった野村萬斎さんがおっしゃっていました


シシは獅子?猪?神? 奥が深い獅子舞の世界

2018年 4月 16日

先日は、音楽家で神楽研究家である三上敏視さんのトークイベント「神楽ナイト」に行ってきました。
テーマは獅子舞でした。

獅子舞というと、お囃子に合わせて舞って、観衆の頭を噛むしぐさで厄払いとか福を授かるとか、おめでたい行事に出てきますよね。
「太神楽(だいかぐら)」という曲芸と合わせて楽しませてくれます。
ちょっと前なら海老一染之助、染太郎のお二人が「おめでとうございまぁ~す!」とやっていたアレですね。

ぼくは小唄と三味線の界隈にいる人間でもあって、こうした寄席の芸能と合わせて獅子舞をみていました。

ところが、もともと獅子舞というのは、神事の一環で奉納される神楽の一種でもあるのでした。今回のイベントは、そんな「獅子神楽」がいくつも紹介されました。


宮崎県木城町の「中之又神楽獅子舞」、その姿は……?

(今回記事の写真と動画は、すべて三上敏視さんのご提供です)

面白かったのは、地域によって獅子舞のスタイルがぜんぜん違っているということ。

三上さんのイベントで印象に残ったのは、宮崎県のもので、獅子舞と言いつつ、その姿はイノシシというものでした。
宮崎県ではイノシシがふつうなのだそうです。知らなかった。

言われてみれば、昔は猪も鹿もみんな「シシ」だったそうですね。
山のケモノは「シシ」であり、山の神(シシ神様)であります。小唄の歌詞でも猪のことを「シシ」と歌いますし。

先ほどの「中之又神楽」の獅子舞も、雌雄のイノシシが出て、泥浴びをする仕草なんかをします(下記動画参照)。


イノシシが舞う「銀鏡神楽獅子舞」

この写真の銀鏡(しろみ)神楽では、本物のイノシシの首を奉納し、舞台でイノシシの姿をした獅子舞が奉納されます。

暴れまわるイノシシは荒ぶる神そのもの。それをなだめたりいろいろしながら、鎮めていきます。

最後に神職さんがイノシシにまたがるのは、荒ぶるものを抑えたことを意味するのでしょうね。


ちなみに、獅子神楽の説明は、三上さんの言葉を引用すると、

「獅子神楽は霊獣の獅子が神楽に採用されたもので、獅子頭に神を招き、その呪力で悪魔払いや火伏などの祈祷の獅子舞をする。大きく伊勢大神楽系統と東北地方の山伏神楽、番楽、法印神楽などの系統に分かれている」
『民俗学事典』丸善出版2014年版より

ちょうど先日、岩手の黒森神楽を取材したドキュメンタリー映画『廻り神楽』を観ましたが、そこでは神楽師の集団が巡業に出る前に、神社へ赴き、獅子頭に神を降ろす儀式がありました。
獅子頭は神が降りる依代(よりしろ)で、神が降りた獅子は「権現様」と呼ばれます。

仏像ワールドやイスムの仏像では「蔵王権現」という像がありますが、あれは釈迦如来、千手観音
弥勒菩薩の三仏が特殊な姿に変身した姿。
神でも仏でも、それが別の姿になって人の前に現れることを「権現」といいます。

そんな意味を踏まえると、獅子舞がなんだか特別なものに見えてきました。


というわけで、次回もこの話になります。


(参考動画:中之又神楽獅子舞)



(参考リンク)
三上敏視さんのサイト。神楽の解説もありますよ:
http://www2.comco.ne.jp/~micabox/