宮澤やすみの仏像ブツブツ



葛井寺の千手観音、東京に光臨-「仁和寺展」レポート

2018年 2月 17日

ついに葛井寺(ふじいでら)の秘仏本尊・千手観音菩薩が、トーハクの「仁和寺展」にお出まし!
360度ぐるりと動画撮影(記事末尾にあり)!

記者発表から8か月間、この日を心待ちにしてきました。
たとえ仏像を知らない人でも、これは驚くだろう。反応が楽しみでした。
果たして、報道内覧会では、展示室に「おぉ~~」という低いどよめきが響きました。


日本最古にして1041の腕をもつ葛井寺像

やっぱり、思わず声が出ちゃいますよね!

千手観音のなかで、本当に千本の腕をもつ例は少ないです。
だいたいは省略して42本くらいに収めます。
しかし、千手観音信仰が伝わったばかりの奈良時代は、本当に律義に千本の腕を作りました。
その代表格が、この葛井寺像!
1041本の腕があります。

よーく見ると、一本一本の手のひらに、眼が描かれています。
だから眼も1041+正面の2眼で1043眼! もうこっちの目が回りそう。

千手観音は、観音菩薩が無数の人々を全員必ず救う、という意思から千の腕を授かったそうです。観音菩薩は、十一面観音などの変化形がいくつもありますが、その最終最強形態といった感じ。
眼も千あるから、助けを求める人々を見逃さないわけですね。


裏側まで見られる機会はもう無いかと

造型の特徴は、脱活乾漆(だっかつかんしつ)という、漆を多用する当時流行の技法で造られていて、微妙な表情造りが可能。※脇手は木心乾漆
厳しさと優しさが合いまった絶妙な表情、これぞまさしく天平の表情でございます。
奈良の東大寺法華堂に伝わる像との共通性がみられ、同じ工房が関わったといわれます。

葛井寺では、毎月18日にご開帳。とくに4月は境内に市も出てにぎわいます。
歴史の深さと造形の完璧さで、日本の仏像の白眉であるんですが、たんなる彫刻ではありません。
地元では日々の素朴な信仰の対象になっていて、1300年の間ずっと現役で拝まれているのがすごいんですね。

ところで、この葛井寺千手観音が歌詞に出てくるのが、私の「ご開帳ブルース」なんですけど、今回ご住職にお目にかかったら、歌をご存知でびっくりしました!

「ご開帳ブルース、なんやあの、ビルの屋上で歌ってる・・・」
「そうです!あれボクなんです」

ご覧いただいてありがとうございます!
まだ見ていない方はこちら↓をどうぞ

「ご開帳ブルース」宮澤やすみ and The Buttz

 
というわけで、特別に撮影した、360度ビューの動画を貼っておきます。
またとない機会、実ブツをぜひ!





ほかにも、仁和寺の通常非公開の秘仏薬師如来(小さくて微細な装飾がすごい)が公開中です。


特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」
東京国立博物館 平成館にて
2018年1月16日(火)~3月11日(日)
(展示替えあり)
公式HP http://ninnaji2018.com



(告知)
宮澤やすみ同行「仁和寺展」夜間貸切鑑賞!
「仁和寺と御室派」展+東京大神宮特別昇殿参拝と神楽坂ぶらさんぽ


「はくたく」-うどんの元祖は奈良にあり?

2018年 2月 10日

しばらく重たい記事(?)が続いたので、今回は軽めの記事で、おうどんのお話。

日本でのうどんの起源は諸説ありまして、おおむね空海などの留学僧が遣唐使船で持ち帰ったのが起源と言われます。

で、こちらの写真ですけど、奈良の春日大社の2016年式年造替記念でいただいたもので、「餺飥(はくたく)」といいます。

巫女の装束をイメージしたパッケージ


このパッケージの説明によると、989年、藤原実資の『小右記』に、天皇の春日詣での際に餺飥を食べたという記録があるそうです。

名古屋のきしめんよりさらに太い、平打ちの麺。
ゆでるとぷるんぷるんした感触になりました。

材料を見たら、山芋の粉や葛のデンプンも入っている。だからぷるぷる食感なんですね。

同封のあご出汁パックでおつゆを作って、お昼に食べました。

自宅だと生活感まる出しで、朝廷に仕える貴族のようにはいかないけれど(笑)
飲みすぎた翌日のお昼にちょうどいい感じの、やさし~いお味でした。

だいぶ幅広の麺でした


小麦を練って作る、いわゆる麺は中国・唐から渡ってきて、福岡うどん、さぬきうどんなどになりますが、奈良では三輪そうめんが有名。そうめんの元祖は索餅(さくべい)といって七夕の節句に食べたそう。
この餺飥も、三輪の業者さんが作ってるので、ふだんはそうめん作りをしているのでしょうかね。
初めての餺飥でしたが、コレなかなかおいしいですね。また機会があったら食べたいと思います!


(参考)
奈良の食文化研究会HP
”うどんのルーツ「はくたく」を再現”
http://nara-shokubunka.jp/new_yamato/045.html


秘仏かつ古仏、その魅力を存分に!「仁和寺と御室派展」

2018年 2月 3日

「仁和寺と御室派のみほとけ」展のレポート第3回です。

仁和寺を本山とする、御室派(おむろは)寺院の秘仏が続々と東京へ。


御室派本山・仁和寺の阿弥陀三尊像
※写真は報道内覧会で許可を得て撮影。

前回は中山寺と神呪寺の観音を紹介しましたが、ほかにも大注目の像があります。

それが、道明寺十一面観音と葛井寺(ふじいでら)千手観音!

どちらも仏像ファンに人気の高い、美麗&圧倒的迫力の仏像!

しかも、1200年以上昔に造られたという、古さにも注目。
古いのに古さを感じさせないといいますか、緻密かつ写実的、かつ深い神秘性も感じる、まさに仏像のおいしいところがギュッと詰まった必見の仏像なのです。

仏像といえば昨年の「運慶展」が話題となりましたが、その運慶の400年前。運慶が手本にしたのがこうした時代の古仏です。

仏像=運慶と思っている人は、この時代の仏像をゼッタイ見たほうがいい!

仏像への理解と愛情が深まりますよ。


まず、こちらは道明寺の十一面観音菩薩、
背面から拝観なんてお寺では絶対できません。


両腕から垂れる天衣(てんね)のひらひら加減に注目

道明寺の像は、カヤ材の一木造り。
仏像造りには、木そのものの霊性を尊重する考え方がありまして、だから一本の木だけで造るのですね。
たんなる彫刻作品ではないのです。
それでいて、やわらかい衣や肌の質感が伝わる、緻密な彫りが見事。

これが、今から約1200年前の作というから驚きですね。都が奈良から京都へ移ろうという「長岡京」の時代のころだそうです。


そして、後期展示の主役が、葛井寺の千手観音!

文字通り、「本当に千本の手(腕)がある」でおなじみ、葛井寺の像。
実際は1041本の腕があります。
びっしりと生えた細い腕(小手といいます)。これを作った仏師の執念みたいなものを感じます。

造りは、漆を使った乾漆造り。有名な阿修羅クンをはじめ、奈良の古仏に多い技法です。

この葛井寺の像も、奈良時代の早いころに造られたもので、日本で最初に千手観音が造られたころの作です。
だから、先ほどの道明寺の像よりさらに古い!

これがまあホントに、よくぞ平成末の世に残ってきましたね。しかも完全な姿で。

そう考えると、これが東京の博物館の展示室でまじまじと見られるなんて、とてつもない事態ですよ。


まさか東京でこの二仏に逢えるとは思いませんでした

葛井寺の像は、2月14日からお出ましになります!

ちなみに、仏教で「千」は「無限」を表します。千手観音は、観音菩薩が、衆生(この世の人々)を全てもれなく救う!とマニフェストを立て、その結果得た姿だそう。観音さんの意気込みを感じますね。
変化観音はいろいろありますが、その最終最強形態が千手観音です。
葛井寺では、毎月18日のご開帳。観音めぐりの人でにぎわいます。


じつはこの両仏像、私が歌っている「ご開帳ブルース」をご存知の方にはおなじみ。歌詞に出てくる方々なんですよね。ぜひ動画をごらんください。
ご開帳の日が覚えられる歌詞に注目です!


特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」
東京国立博物館 平成館にて
2018年1月16日(火)~3月11日(日)
(展示替えあり)
公式HP http://ninnaji2018.com


秘仏を間近で!「仁和寺と御室派展」

2018年 1月 27日

前回につづき「仁和寺と御室派のみほとけ」展のレポート。

ふだん見られない秘仏がいくつも展示されるのも今回の見どころです。


逢いたかった秘仏が眼前に!

1年に一度とか、中には33年に一度とか、なかなか拝観のチャンスがない秘仏。

しかも、ご開帳しても近づけずよく見えないとか、山深い寺でそもそもたどり着くのが大変とか、秘仏を拝むのもなかなか大変なんです。

それが、こうして目の前でまじまじと拝観できてしまうとは。
よくまあホント許可とれたもんです。これも御室派総本山・仁和寺のお力なのではないかと。ありがとうございます。

さて、数多い展示のなかで、「これは!」と来る2仏をご紹介。


まずは、兵庫県神呪寺(かんのうじ)の如意輪観音菩薩!

俗に「日本三大如意輪観音」というのがありまして、奈良の室生寺、大阪の観心寺、そして神呪寺の御三方です。

神呪寺さんは交通の便もあって行く機会がなく、私も今回はじめての対面です。


六本腕はあくまでリラックス

トロンとした目つきもよく見えます。
まどろんだ表情は展示室で!

脚の組み方が独特です。本来は両足の裏を合わせて座る「輪王坐」という座り方なのですが、


如意輪観音の例:イスム仏像より

神呪寺の如意輪さんは、右脚をだいぶムリして(?)組んでいます。
輪王坐から、足をくずしてあぐらに戻す瞬間をとらえた、ようなポーズ。

妄想ですけど、
最初はきっちり輪王坐をしていた如意輪さん、人がいなくなったのを機に
「あ~、よっこいしょ」「今日の仕事おわり~」
と、足をくずした・・・。
その瞬間をまさに見られちゃった、みたいな感じに思えます(笑)
あくまでも、個人の妄想ですのでね・・・スルーしてください。
良い仏像は、妄想も広がるものでございます。

如意輪観音は、功徳を与える玉「宝珠」と、教えを広める「輪宝」をもちます。そこから如意輪というワードがつきました。


ハンドスピナー的な輪宝の持ち方に余裕を感じる

古くは二臂(腕が二本)のシンプルな姿でしたが、空海が唐からマンダラを持ち帰ると、そこに描かれていた如意輪観音が上の写真のような姿だったので、以降は六臂(6本腕)に輪王坐の姿で造られるようになりました。


もう一体は、福井県中山寺の馬頭観音!
お寺では33年に一度の開帳(途中で中開帳もある)とされる秘仏!
実際、お寺で拝観すると、堂内奥の高い位置の厨子に収まっていて、ディテールは見えないんですね。
それが、ここではこんなに近くに!


三面六臂の馬頭観音。脇面も怒りの表情

精悍な顔立ちから、運慶の次くらいの世代の慶派仏師の作と言われます。慶派ファン必見ですね。

福井県の西端に位置する中山寺は、若狭の聖地・青葉山にありまして、ここはなぜだか馬頭観音を本尊とするお寺が集中しています。

しかし、おなじ観音ですが、如意輪はホンワカ、馬頭はオラオラ系、だいぶキャラがちがいますね。
観音菩薩は、慈悲の菩薩とされますが、時と場合によって、いろんな姿に変化するとされます。千手観音や十一面観音が有名。

歴史を追ってみると、人気の高まりとともに、いろんな観音のお経ができて、いわばヴァージョンアップ版の観音がどんどん作られたということみたいです。

ガンダムに例えると、最初はガンダムといえばファーストガンダム(そもそもファーストなんて付けなかった)しかなかったのが、別の物語ができるとZがついたりSEEDがついたりと、姿かたちが変わって、それでもガンダムであることは不変だという、あの感じに似ています。

観音さんも、ふつうの観音さんを千手や馬頭などの変化形と区別するために「聖観音」といいますもんね。
まさにガンダムを「ファーストガンダム」と言うのと同じです。


そんな仁和寺と御室派展(ガンダムは関係ない)、上記の神呪寺も中山寺も、真言宗御室派の寺院です。
仁和寺を本山とした御室派のお寺さんの大盤振る舞いに感謝しつつ展示を楽しみましょう。



特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」
東京国立博物館 平成館にて
2018年1月16日(火)~3月11日(日)
(展示替えあり)
公式HP http://ninnaji2018.com


「撮りたい欲」を解放! 仁和寺展の観音堂再現

2018年 1月 20日

「仁和寺と御室派のみほとけ」展が始まりました!
私のような平安前期の古仏ファンには直球ど真ん中の古仏、秘仏のオンパレード。
取材中も興奮して鼻血が出そうでした(笑)

展示の目玉は数々あれど、やはり観音堂再現展示は圧巻です。
しかも、撮影OKなのです!企画者の発想とお寺のご英断がすばらしいじゃないですか。


壁画まで高精細に再現! 確認ですが、お寺じゃなくて博物館です

一般的に、お寺や仏像の写真が撮れないのは常識です。
たしかに、もし堂内でみんながパシャパシャやりだしたら、場の神聖さが損なわれるし、権利の問題もあるわけで、仕方ない。
それは重々わかっているけれど、仏像ファンなら、
「ああ、もし自由に撮れるとしたらどんなに楽しいか…でも!そんなことダメ!」
と、欲望と理性が戦う気持ち、ありますよね。

今回、その「撮りたい欲求」を解放することができるのです!


向こう側におともだちを立たせて撮りたい

しかも、写真パネルやレプリカじゃなく、本物の仏像! 
しかも、日ごろ一般公開されてない秘密のお堂の仏像!
これが撮影できちゃうんだから、こんなにうれしいことはありません。

ぜひ、日ごろの抑圧された撮影欲(?)を満たしてください。
(ほかの展示は撮影禁止です。念のため)

ほかにも写真とコメント載せておきます。スクロールしてごらんください。


本尊は千手観音。両脇には「二十八部衆」がずらり


本尊の脇にいる降三世明王がカッコいい


風神クンも元気にごあいさつ。相方の雷神クンは反対側に


真言密教の僧侶になる重要儀式「伝法灌頂」を行うのが観音堂


仁和寺展レポート、次週は取材で特別に撮影した秘仏をご紹介します。


特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」
東京国立博物館 平成館にて
2018年1月16日(火)~3月11日(日)
(展示替えあり)
公式HP http://ninnaji2018.com


日吉大社の目黒不動尊ー山の神と猿神のナゾ

2018年 1月 13日

前回に続き、びわ湖・大津の旅で訪れた日吉大社にて。
東京・目黒とのつながりが見えた話です。

目黒不動尊・瀧泉寺は天台宗のお寺で、天台宗の守護神である日吉大社と関係が深いというのが、前記事までのお話。

さて、目黒不動尊の本堂裏手にいくと、大行事権現という神をまつる祠があります。


こちらは東京・目黒。本堂の裏手の小さな祠

これも比叡山全体の守り神の一社にあたりまして、日吉大社の境内にりっぱなお社があります。
日吉大社の東本宮の、本殿裏手にありました。


こちらは日吉大社。東本宮の最奥部に鎮座

お社の名前は大物忌神社(おおものいみじんじゃ)。
祭神名は、大年神(おおとしのかみ)とあります。
大行事権現という呼称は、神仏習合時代の呼び方なので、神仏分離後は大年神なんですね。
明治を境に、祭神の呼び方が変わるのはよくあることです。


神社の看板の説明が参考になります

この大年神=大行事権現の姿が面白い。
猿の顔をしているんです。
上の写真のほか、検索すればいろいろ出ます。

日吉大社といえば猿とされて、境内のあちこちに猿の彫刻がありますし、神猿(まさる)が飼育されているそうです。

その由来ははっきりしないのですが、日吉大社=猿というイメージは、この大年神に由来するのでしょうか。単なる神の使いとなる獣ではなく、神の姿そのものというわけ。
そこから、京都では鬼門の方位除けや魔除けのアイテムに猿が用いられます。
大年神さま、社殿は小さいけれど、じつは主祭神を見守る「陰の主役」なのかもしれませんね。


日吉大社鳥居。右手前の「猿塚」は古墳の石棺なんだそうです。古代史むきだし!

さらに、猿を十二支の「申」と読むと、申の方位はいわゆる「裏鬼門」。
東京の目黒不動尊は、まさに江戸城の裏鬼門に位置するんですよね。
目黒不動尊は江戸城よりだいぶ古いのに、その地に猿神である大年神=大行事権現が祀られるのは、実にうまくできています。
うまく出来すぎているというか・・・これは推測ですが、徳川幕府が江戸守護のために祀らせたのでしょうか? このへんいつか取材してみましょう。

またまた、謎が謎を呼ぶ展開になってしまいました。

ちなみに、江戸の猿の話。江戸城の鬼門の方には上野や浅草が当たりますが、
浅草寺の五重塔の鬼瓦は、江戸城に向く方位のところだけ猿面になってます。
また、上野の下谷神社は主祭神が大年神。これも江戸城の鬼門に位置しています。

どこまでが意図的でどこまでが偶然なのかわかりませんが、どうやら都の守護には猿(申)が深くかかわっているようです。


日吉大社の鳥居は目黒不動尊にもあった

2018年 1月 6日

びわ湖・大津の旅で訪れた日吉大社。


日吉大社の鳥居はこんな形

創建は非常に古くて、歴史とともに規模と役割が大きくなりました。

1.土地の山の神を祀っていたのが始まり(東本宮)
2.天智天皇によって奈良・三輪山の神が祀られ(西本宮)
3.山の上に延暦寺ができてからは比叡山天台宗の守り神として、
そして平安京の鬼門守護として信仰されることになりました。

こうして、天台宗総本山の延暦寺と一体となってからは、めくるめく神仏習合世界を展開していきます。
後にそれが江戸にも広まるんですけど、東京・赤坂の日枝山王社がこれですね。

名称が、日吉(ひよし)大社とか日枝(ひえ)神社とか山王(さんのう)権現とかあるんですけど、おおまかに言って同じ神社のことです。

この系列の神社は、「山王型」という独特の形をした鳥居が知られます。
記事冒頭の写真がそうです。

この連載で何度も出てきました、東京の目黒不動尊の境内にもこれがあって、前にも写真を載せました。


目黒不動尊境内に復元された山王型鳥居


目黒不動尊は天台宗のお寺ですから、その守護神である日吉大社の鳥居があるんですね。
神仏習合時代のスタイルを、現代に復活させたのが目黒不動尊・瀧泉寺さんです。


そして、目黒不動尊の本堂裏手にある小さな社が、大行事権現という名の神社。

これも比叡山の守り神の一社にあたり、日吉大社の境内にお社があるんです。
今回の旅で、私はここに行ってみたかった!

そのお話は、また次回といたしましょう。毎度引っ張ってゴメンナサイ!


※前記事で載せた写真がなかなか評判良く、SNSでいいねをたくさんいただきました。
この記事下にもいいねボタンがあるので、そちらも押していただけるとありがたく存じます。よろしくお願いいたします!


日吉大社境内摂社・白山宮前にて。巫女さんが清掃奉仕中


日吉大社の紅葉はすごかった

2017年 12月 23日

びわ湖・大津の旅は三井寺から比叡山へ。その入り口にあるのが日吉大社です。
まずは写真をご覧いただければ、境内の空気が伝わるんじゃないでしょうか。


紅葉と巫女さんの緋袴が映えますね

朝の澄んだ空気の中、森に囲まれた境内を歩くのはとても気持ちいいです。仏像はないんだけど、訪れると何か充実した気持ちになります。


日吉大社は、西本宮と東本宮の二社がメインなのですが、まず西本宮へ。

西本宮は、天智天皇が大津宮を造るときに飛鳥・三輪山の神(大己貴神:おおなむちのかみ)を遷したというから、今から約1300年くらい前のこと。


西本宮。本殿のそばまで立ち入ることができる


広い境内を歩くと、宇佐宮や冒頭写真にあった白山宮、最期に東本宮に到着します。


東本宮。拝殿の前に樹下宮という摂社がある


ここのエリアで見逃せないのが、梛(なぎ)のご神木。雄と雌があって、夫婦和合の象徴として大切にされてます。
女性が雄梛を、男性が雌梛を参拝して、相手の幸せを祈ると良いそうですよ。


東本宮前にある雄梛


雌梛は本殿の横にある


東本宮は、西本宮より歴史が古く、約2100年前に、山の神である大山咋神(おおやまくいのかみ)を祀ったとされます。きっと歴史の無い古代から地元の山の神として祀ったのが最初なんでしょう。日吉大社のルーツであります。


裏側の屋根のかたちが独特な日吉造社殿

東本宮、西本宮と発展した日吉大社は、さらにそこから100年くらいして、山の上に延暦寺ができますと、こんどは比叡山天台宗の守護神として、そして平安京の鬼門守護として信仰されることになります。


時代の移り変わりにあわせて、都の勢力と結びついていくわけですけど、そこから、この連載らしい(?)神仏習合のややこしい話が展開するんですよね。

さらに、あの目黒不動尊もからんできたりするんですけど(またかよ)、年末の大変なときにややこしい話を読みたくないと思うので、年明けにしたいと思います。

みなさま良いお年を!


(お知らせ)

1.
筆者・宮澤やすみが仏像の謎をキホンから解説します
早稲田大学オープンカレッジ
【仏像の光と闇 ― 基本から学ぶ仏像秘話 ―】
2018年1月20日(土)15時から毎週土曜全4回
早稲田大学エクステンションセンター中野校
詳細:https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/40790/


三井寺の井戸は古代とつながっていた

2017年 12月 16日

三井寺(園城寺)への旅。
秘仏・宝冠釈迦如来を拝観したあとは金堂へ。


紅葉まっさかりの行楽シーズン

巨大な堂内を順路に沿って拝観。妙に精悍なヨーロッパ系の顔をした大黒天もよかったけど、静かなお顔の十一面観音がすばらしかった。柔和な表情と微妙に片足を踏み出して腰をひねるポーズが絶妙バランスで、平安期特有の美仏でした。

金堂の横にあるのが閼伽井屋(あかいや)で、中をのぞくと水が湧いています。
これが「三井の霊泉」というもので、三井寺の原点です。


古代の天皇ゆかりの霊泉!

解説によると、天智、天武、持統の三天皇の産湯にこの水を使ったんだそうです。

このことから、「三井寺」という呼称がついたんだそうです。

仏像ファン、古代史ファンにとって、この三天皇は重要人物なんですよね。

天智天皇は、飛鳥で中臣鎌足とともに蘇我入鹿を殺した(乙巳の変)中大兄皇子のこと。
天皇に即位してから、この三井寺がある大津の地に宮殿を遷したのでした(大津宮)。

その後、古代史最大の争乱「壬申の乱」に勝って即位したのが天武天皇。そのお后が持統天皇。このお二人が、日本最初の本格的な都「藤原京」を建設しました。
仏像界隈だと、興福寺の「山田寺仏頭」の時代。あの山ちゃん(笑)が現役で拝まれていた白鳳時代の天皇ですよ。


山田寺仏頭のイメージ:イスム仏像より

古仏、古代史が好きな私なんかはもうこの3人の名前が並ぶだけで興奮してきます(笑)。

しかも、井戸からは今もこんこんと水が湧いて、ボコボコと音を立てているではないですか。
1300年前の古代と現代がつながっているという実感がして、吸い込まれそうでした。



滋賀県側の琵琶湖疎水。ここから京都市内へ水が送られる

拝観の後は大津の町を散策。写真をいくつか載せておきます。
次回はいよいよ比叡山へ。天台宗のディープスポットに踏み込みます!


琵琶湖名物・鮒ずしを堪能。酒がすすむ!


旧北国街道から長等神社の参道を眺める

(お知らせ)

1.
筆者・宮澤やすみが仏像の謎をキホンから解説します
早稲田大学オープンカレッジ
【仏像の光と闇 ― 基本から学ぶ仏像秘話 ―】
2018年1月20日(土)15時から毎週土曜全4回
早稲田大学エクステンションセンター中野校
詳細:https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/40790/


2.
鷲神社酉の市で幽玄な舞を奉納した「吉原狐舞」の大将、狐太夫・百合之介」と筆者・宮澤やすみ(歌う神仏研究家、小唄師範)が共演!
【宮澤やすみの小唄かふぇ】
2018年2月7日(水)
19時開場、20時開演
神楽坂・キイトス茶房
詳細:http://yasumimiyazawa.com/koutacafe/


三井寺三重塔の秘仏本尊はゴージャスだった

2017年 12月 9日

三井寺(園城寺)への旅。
とくに、三重塔のなかにいる、秘仏・宝冠釈迦如来が初公開だそうで、いってきました。


紅葉まっさかりの行楽シーズン

いや~美しい!

まず、境内の風景が、どこを撮っても絵になります。
紅葉ライトアップもやっていました。

お目当ての仏像は、江戸期の作で、奈良平安の古仏に比べれば新しい(?)作ではあります。
しかし、江戸時代といっても、元和9年(1623)だそうですから、およそ四百年前! 
きれいな顔立ちで、育ちのよい貴公子といった感じの仏像でした。
セレブ系の仏像で「セレ仏」なんて言ったりします(笑)


一般公開は初だそうです

その姿は「宝冠釈迦如来」といって、お釈迦さまがきれいな冠をかぶり、胸飾りも付けているスタイル。
服の着こなしに注目すると、ふつうは右肩から胸をはだけていますが、このお釈迦さまは両肩に左右対称のかたちで布をまとっています。
こういう着こなし方を「通肩(つうけん)」といいます。
下半身のスカート(「裙(くん)」とか「裳(も)」とかいいます)をお腹のへんで結んでいるのも見えますね。

その衣は、流れるようなドレープを描いて、とてもやわらかそうです。とっても上質な絹なんでしょうか。


仏像は撮影NGですが看板には写真が

お釈迦さんといえば、ツブツブパンチパーマ(笑)の髪型に、胸元をガバッと開いたワイルドなスタイルが普通ですが、こうしたゴージャスで派手なスタイルも時々見かけます。
関東だと、鎌倉の円覚寺には立派な宝冠釈迦如来なんか有名。


このことを、三井寺のお坊さんに聞くことができました。

なぜ、お釈迦さんが冠かぶってるんでしょうか……?

「それは、法華経にそういう描写が書いてあるからじゃないでしょうか」

法華経には、お釈迦さまはどんなに飾っても飾りすぎることはない、といったような言葉があるそうです。

冠や胸飾りは菩薩が付けるアイテムですが、菩薩の姿ということなんでしょうか?

「いえ、菩薩形とはちがうと思います。諸説あると思うので、あくまで私の考えですが」

具体的な記述は見つかりませんでしたが、長い法華経のなかでも「如来寿量品」という巻には、仏の世界が宝や華できらびやかに飾られているといった文言があるので、そのあたりではないでしょうか。

法華経の世界では、人間として存在したリアルなシャカというより、時空を超えた根源的な仏の存在を説いていまして、(「久遠実成(くおんじつじょう)」というんですけど、興味ある人は調べてみてください)

そんなホトケを仏像で表現すると、やっぱりゴージャスに飾りたてたくなっちゃうんでしょうか。


正式には「園城寺」ですが三井寺で通ってる。その理由は次週!

ゴージャスシャカの謎。このへんも今後調べていきたいと思います。


それにしても、今回は京都にも行きましたが、晩秋の京都は混雑がシャレにならんレベル!
電車でちょっと県を超えたら静かなもの。こっちに逃げてきて正解でした(笑)

(お知らせ)

1.
12/5受付開始!
筆者・宮澤やすみが仏像の謎をキホンから解説します
早稲田大学オープンカレッジ
【仏像の光と闇 ― 基本から学ぶ仏像秘話 ―】
2018年1月20日(土)15時から毎週土曜全4回
早稲田大学エクステンションセンター中野校
詳細:https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/40790/


2.
鷲神社酉の市で幽玄な舞を奉納した「吉原狐舞」の大将、狐太夫・百合之介」と筆者・宮澤やすみ(歌う神仏研究家、小唄師範)が共演!
【宮澤やすみの小唄かふぇ】
2018年2月7日(水)
19時開場、20時開演
神楽坂・キイトス茶房
詳細:http://yasumimiyazawa.com/koutacafe/